「今日から此処に転校してきた、です」
「仲良くしてやれよ。……あぁ、席は用意してある。喜べ、人気の席を用意したぞ。あそこだ」

教師が、ゆっくりと席を指差す。
そこは――

「ま、窓際……! しかも一番後ろ!? なんて気前の良い先生なんだ!」
「そうだろうそうだろう。崇めろ敬え讃えろ。……ということで、空目。隣の席だろう、の面倒見てやれ」

隣の黒い服のが空目だ、と教師が言った。
……それは黒い人だった。
くろ、くろ、くろ。
あぁ、けれど瞳は少し黄色がかかっているかもしれない。
遠くから見ただけの色だから、わからないけど。

「じゃ、座れ」

ゆっくりと、その席へと――否、空目の方向へと進む。

「。……そっちは?」
「……空目恭一」
「そう。じゃあ、空目……でいいかな」
「勝手にしろ」
「じゃ、空目。……悪いんだけど教科書、見せてくれる?」
「……」

無言で渡してきた。……やっぱり無口さんらしい。

とりあえず、ありがたく教科書を受け取る。
が、空目は机をくっつけて自分も見るわけでもなく、
ただ俺に渡しただけだった。
……。
持ち主は俺だからお前がこっちに机を寄せろ、と?
……いや、そんなワケではないだろう。
空目は黒板を見ていない。ノートも、机の上にはあるが書き写そうという意欲がない。

――そして教科書。
名前の欄を見る。名前がない。
教科書を開く。
マーカーもボーダーラインもない。
もちろん、落書きもない。

これは学生としていいのだろうか……
勉強が出来なくて諦めてる、というわけではないだろう。むしろ成績優秀そうだ……。
そう、これは興味がないのだ。
“学校で教師に習う授業”というものに、少しの関心もないのだ。
……こんなんじゃ意欲・関心Cなんじゃないのか……?

「……えと。お前は見ないの?」
「必要がない」

……授業受けるには教科書は必要不可欠だと思ってたんだけど。
この学校は、そうでもない……のか?
いや、そんなわけないだろう。
教科書を使ってこそ授業じゃないのか。あれ俺の認識間違ってるのかな。

「……そ、そう……か? じゃあ……使わせて、もらうな」
「ああ」

短い返事を返して、空目は再び視線を本へと戻した。
――大迫、栄一郎。

「――その本、」

嗚呼、俺はなんて言えば良い?
どうすれば俺はこいつに関われるのか。

「……大迫栄一郎?」

しまった、ストレートすぎた。
もう少しもったいぶった感じで言いたかったのだけど、
まぁ言ってしまったものは仕方がない。

「……知っているのか」
「え? あ、ま、まぁ……」

空目、顔が怖いぞ。
なんてことを正直に言うなんて、
鬼のような形相をしている相手に言えるわけがない。
俺はチキンなんだよ。

「昔……家で、読んだことがある」
「今も家にあるのか?」
「いや……燃えちゃったから、灰になって飛んじゃったんじゃないかな」
「……燃えた?」

あ、れ俺もしかして怒らせた?
なんか眉間に皺が……まぁそりゃ好きな作者の本が燃えたとか聞いたらアレだけどね!?

「あー、いや、燃やしたとかじゃないよ。ただ、放火で……」
「……そうか」
「あ、別に暗い話じゃないから、気にしないで。家は全焼したけどね」

笑顔で言うことではない。
……まぁ、体験したのは俺じゃないから、な。

「あ」

――……で……いで……

――しまった。
空目が、訝しげにこちらを見てくる。

「あ、あのな……その……空目。実に言いにくいんだが」
「なんだ」
「……やー。そのな、実はコンタクト入れてくるの忘れちゃって」
「…………」
「だ、だからその……ノートを……」
「……」

空目は無言で本を閉じた。
そしてシャープペンを取り出して、ノートを開――ん?

「……ってどうして俺のノートなの?」
「この方が効率が良いだろう」

……意味がわからんよ、君。

「……え、あ……は?」
「……俺はノートを取らんでも、理解している」

……嫌味に聞こえないだけマシかな、うん。
勉強なんてしなくても平気ですーってか……だからって堂々と授業中本を読むのはどうか……。

「……あ、ありがと……」
「…………後で、少し付き合ってもらえるか」
「え? あ、あぁ勿論」

でもまぁ頼まれてくれたわけだし、
しかも俺のノートに書き写してくれてるし、
空目の用事には付き合うことにする。







俺はそれを後悔することになる。












≪戻る 進む≫

*
首くくりから