「なあ、人は何故死ぬんだと思う」 「…はぁ?」 それは突然の問いかけだった。この男はいつもそうだ。 ふと思ったことを口にするから、いちいち応えなければならない俺は面倒だ。 「何故だと思う」 「さあ。お前が殺すからじゃないのか」 「…フフフ! まあそれもあるがな」 あるのかよ。冗談だったというのにこの男は、物騒なことを言うものだ。 さすがは暇つぶしで人を殺す男。よくもこんな男を王下七武会にしたな海軍め。 いっそ誰かがこいつを殺して平穏を俺にプレゼントしてくれないか。 「そうじゃあない。人は、おれたちは何故死ぬのかと問うてるんだ」 「ンな哲学的なこと俺が答えられるかよ」 俺は哲学者じゃないし、人の生死など考えるのも面倒だ。 生きているから生きている。死ぬから死ぬ。それだけでいいじゃあないか。 「他のやつに聞いたときはな」 「あん?」 「神が定めたから人は死ぬと言っていたぜ。神が全生物の生死を操っていると」 「…へえ」 神、ね。昔空島を尋ねたとき神とか名乗る奴がいたが、そいつはルーキーに倒されたそうだぜ。 この世の神なんてそんな神々しいものではないだろうに、その相手はきっと馬鹿だな。 もしくは世界を知らない視野の狭い人間だったんだろう。 「だが男はその場で死んだんだ。何故だかわかるか?」 「どうせお前が殺したんだろ」 「いや、勝手に流れ弾に当たって死んだ」 …闘争中に聞いたのか? いやそもそもそんな状況でお前は何を考えているんだ。 「つまり男は信じてた神に殺されたってことだ」 「…で? それを俺に言ってどうする気だ」 うぜえから早く言えよと俺が言えばドフラミンゴはフフフと笑って俺の首へと手をかけた。 「お前はどう思うか聞いてみようと思ってな」 「この状況でか」 「フフ、フフフ!」 大きな掌は俺の首をいとも簡単に包み込む。少しずつ、少しずつ緩い力をかけている。 そろそろ苦しいかなあと思ったあたりで力を強めていた手が止まって、サングラスの奥の瞳がこちらを向いた。 「苦しいか?」 「そうだな、苦しい」 「フフフ…それにしては余裕じゃねェか」 「内心パニックかもしれないだろ?」 機嫌を損ねたのだろう、掌が強く首を掴んだ。途端酸素が回らず呻き声が勝手に零れる。 笑いながら首を絞めてくる男はそれが喜ばしかったらしく掌から力を抜いてくれた。 ふうと掌で首を覆われたままで酸素を吸い込めば何故か笑みを深める。考えてることの読めない奴だ。 「おれはなァ、人は愚かだから死ぬんだと思うわけよ」 「へえ、」 お前からそんな言葉が出るとは思いもしなかったよと笑えば更に口端を上げておれもだ、と同意した。 「だってそうだろう? カミサマに縋って生きて死ぬやつがいたり、 仲間ってヤツを信じて裏切られるやつもいて、 逆に己しか信じずにひとり、孤独に死ぬやつもいる」 酷く愚かだと思わないか、なんて笑ってドフラミンゴは両の手で俺の首へと手をかけた。 ゆっくりとした動きに避けることもできただろうかと考えて、そういえばととうに左手が首にあることを思い出した。 「素晴らしいんじゃねえの? が、悪いが俺は賛同しかねるぜ。面白い考えではあるがな」 「フッフ…そうか」 きりきりと、力が籠もってきた。やめろそれ以上絞めたら死んでしまうじゃないか。 俺は座っているから大した抵抗も出来やしない。ただ人形のように座った俺は首を絞められて喋っている。 考えれば考えるほど滑稽な図だ。見ようによっては修羅場にも見えるんじゃないだろうか。 あなたが愛してくれないのならいっそこの手で、君の手で死ねるのなら本望さ、馬鹿のような掛け合いの末に行われる展開。 尤も、こいつと俺が修羅場だなんて考えただけでもおかしいけれど。きつく首を絞める熱い掌に手を添えて笑った。 「それならお前はどう考える?」 ぎゅうぎゅうと首を絞められて、そろそろ本当に息がし辛い。 苦しいと絞める腕に爪を立てて見たが雀の涙、むしろ逆効果だったようで更に力は強まった。 これは多分、望む答えが聞けなければ殺す気なんだろう。ほら、チェシャ猫のような笑みが一層深まる。 人の死。人の死を考えろ? ああ、俺は人の死について考えたことなんてあっただろうか。 「…知るかよ」 人の生き死になんて法則性があるわけじゃない。早いのもいれば遅いのもいるだろう。 完全にランダムにバタバタと世界中で死んでいくんだ。特に俺たち海賊は今もどこかで滅びている。 「海賊が、死を考えるな」 意識が飛んだ。