「クロコダイル」
話しかけた相手は牢の前に立った俺をちらと見るだけで、返事はない。
「こっち来い」
なんでだとばかりに睨んでくる目に笑って、はやくと急かす。クロコダイルは動かない。
どうせ近づくことはないだろうと思っていたので、別に構わない。しかし今日ばかりは来るのを待つだけだ。
いつものように俺から歩み寄って用をすますことはない。
「ほら」
手に持っている銃で牢をがつんと叩いた。クロコダイルは俺を睨みつけるだけ。
はやくしろよともう一度叩けば、俺が諦めることはないと判断したのかクロコダイルが動き出した。
「チッ…」
奥から一歩、二歩とゆっくりと近づいてくる。その動きはいつものように気だるげだ。
俺は手を海楼石で繋がれる気分は知らないが、噂によれば海に落ちたときと同じ感覚がするらしい。
ならばものすごくだるいのだろう。本当は1ミリも動きたくないに違いない。
俺だったら恐らく喋るのさえ嫌だろう。ああいや、だからクロコダイルは寡黙なのかもしれない。
クロコダイルが俺の目の前に立った。間には鉄格子が挟まれているのに、手で殺せそうだ。
「…」
鉄格子の隙間から手を伸ばして、顔の傷に触る。クロコダイルは嫌がったが、動こうとはしない。
クロコダイルはただ目を細めて俺がなにをするのか見ているだけだ。
「俺、…明日で、こっからいなくなるんだ」
「…は?」
「インペルダウン、やめるんだ」
するりと傷を往復して、鉄格子から手を離した。代わりに、顔を鉄格子へと近づける。
額をこつんと鉄格子に乗せて目を合わせたが、クロコダイルは何も言わなかった。
「ごめん」
「な…なにを謝ってんだ…お前がいなくなりゃ、おれは清々する…」
「そっか…、」
「…」
クロコダイルは口を開けたり閉じたり、何か言う言葉を探しているようだ。
「…く…くく…っ」
「な…っ」
「あっはっはっは! 嘘だよ、嘘! まだやめねェよ! あははははは!」
「てめェ…!」
怒り狂ったクロコダイルは今にも俺に掴みかかりそうだ。けれど鉄格子が俺を守ってくれる。
凄んだ顔は子供が見れば一目で泣きそうだが、俺にそんなの効きやしない。
むしろ面白いだけで、そんな顔をしたところで更に俺を笑わすだけだ。
「ふはっ…面白いなあ、クロコダイルは」
鉄格子の隙間から口元へ手を伸ばせば、ガリっと俺の指は鰐に噛まれた。
おお、いってえ。本物だったら大変だな。もげてるところだ。でも能力で逃げない俺は偉いだろ?
まあただ単にまだ能力を見せる気がないだけだけどな。能力者であることさえ明かすものか。
「じゃあな、クロコダイル。また明日」
「二度と来るな!」
ああ、にしてもさっきの、やめると言った瞬間のクロコダイルの顔!
あの時のクロコダイルの顔といったら…!