「…ふぅ…」 あれから。三日が、過ぎた。最初は海に嫌われたことも信じられなかったし、信じたくもなかったが、 実際海に足を少し触れただけで全身から力が抜けてしまったのだから信じるしかなかったということもあり、 ログが溜まるのに大分時間が必要だったから島も出ることもなかったので、落ちついて考えられた。 あの日俺は確かに実を食べて、呪われたんだ。海に忌まれながら水の力を手に入れて。…なんとも皮肉なことだ。 「…」 考えても無駄か、と手元のカルテに視線を戻した。ここ三日、怪我人も病人も少ない。大方誰かの計らいだろう。 余計なことしなくていいのにとも思うが、俺も家族の一員なのだということを実感できて、少し嬉しかったりもする。 書き終えたカルテを閉ったところで、コンコン、と控えめのノックが医務室に響いた。豪快なあいつらにしては弱いノックだ。 「どうぞ」 入ってきたのは、エースだった。珍しく暗い表情で俯いている。 「どうした? 具合悪いのか? それとも怪我か?」 「…」 「腹でも痛いのか? お前また食いすぎたんじゃ、」 「、」 「…なんだよ」 久しぶりにエースの声を聞いた気がする。考えてみればこの三日、エースと会話をしていなかったかもしれない。 というか、医務室にやってきたやつ以外とは会話してない…か? 考えてみればずっと医務室にいたしな。 飯はマルコが持ってきてくれてたし、トイレに行く以外で外に出た記憶もない。いかん、不健康だ。 「なにしてる」 「なにって、仕事だよ。俺これでもここの船医…」 「そうじゃねえ」 じゃあなんだよ、と視線を投げかければエースは一瞬合わさった目をさっと逸らし、また黙り込んだ。 一体なんなんだってんだ。俺が何かしたか。…それとも、まだ責任感を感じてるのか。 「はぁ…」 俺がわざとらしく溜息をつけば面白いほどにびくっとエースの体が動いた。なんだよ、怒ってるとでも思ってるのか? 「エース隊長」 「…っ…!」 「そんな顔しないで。ほら、笑ってくれよ」 「なんで…ッ!」 エースの泣きそうな、辛そうな、その表情は初めてみる顔だった。ここに来て一度だって涙なんて見せなかったのに。 近づけば強張る体をできるだけ優しく抱き寄せて、ぎゅうと腕で包み込む。エースは動かなかった。 「俺の隊長は、いつだって笑ってるんだ」 「……」 「だから、エース、そんな顔すんなよ…」 もごもごと腕の中の顔を赤らめたエースがそんな顔とはどんな顔かと尋ねてくる。なんだこいつ可愛い。 「そんな顔は、そんな顔だって」 頬に軽くキスをして、ぎゅうぎゅうと強く腕で抱きしめた。どうせ俺の力じゃ全力で締めても痛くはない。 調子に乗ってもう一度、今度は額にキスをすれば瞬間、エースの抵抗が強くなった。離すものかと俺も力を籠める。 しかし俺の弱い力じゃ到底及ぶはずもなく、すぐにエースは腕から抜け出してしまった。勿体ない。 「な、な…な…!」 「エース、顔真っ赤だけど平気か」 「うるせェ!」 熱ィんだよとわかりやすい言い訳をしてぱたぱたと手で扇ぐ姿は微笑ましい。可愛いなあ、エースは。 触れ合いに慣れてないのかエースはキスとかハグとかには弱い。だから面白くて、ついからかってしまう。 だってとにかく可愛いんだ。すぐに顔を真っ赤にして帽子で顔を隠すところとか。 「お、おれは心配してやってるってのに…!」 「俺は余計な心配はいらねェって言っただろ」 俺は海の傍でみんなと笑って過ごせれば、それでいいさ。海の中に入れないのは残念だというだけで。 それに海の中に入ることなんて、やろうと思えばできるだろう。体を海から守ればいいだけだ。 顔の赤いエースを堪能していたら、ドタドタと足音が聞こえてきた。こっちへ向かっている気がする。 どうやらその予感は当たっていたようで、ドカンと豪快な音をたてて扉が開いた。今ので扉壊れてないだろうな。 「さん! い、いま大丈夫ですか!」 「おー、大丈夫だぞ。どうした」 「怪我人がいるんです、誤って剣で傷つけたようで、」 「わかった、連れてこい」 …なんか雰囲気が壊れたな。折角エースとの何故かぎすぎすした空気が融けてきたのに。 「あー、悪いな、エース。怪我人みたいだ」 「…そうみたいだな」 邪魔みたいだから、おれは戻るぜと言ってエースが背を向けた。と同時に、怪我人が医務室に運ばれてくる。 二人の男に引きずられるように入ってきた男は剣の刺さった足から血が滴っていて痛々しい。足に刺さったのか。 「そこに寝かせて。おい、大丈夫か」 「ああ…ちょいと刺さっただけだから…」 「そりゃ良かった、今診るからな」 意識はしっかりしているし、引きずられてとはいえ歩いてこれたところから腱は無事か…。 触るぞと断ってからその剣に触れれば呻き声が聞こえた。大分深く刺さっている。貫通していないだけマシか。 下手に抜いたら血が出過ぎて駄目だな…でもはやめに除去しないと… 「…」 「ん?」 どんな風に刺さっているのか触診しながら返事をする。当然視線は患者に向いたままだが、仕方がない。 「今日の飯は…その…ちゃんと、食いに来いよ…」 「…おう」 じゃあはやく仕事を片付けないとな、と怪我を診る手を速めた。最悪、引っこ抜いてやると物騒なことも考えて。
やっと医者らしいことした