するりとネクタイを抜いて、朝気付いたらなくなっていたなんてことがないよう近くのテーブルに乗せておく。 ついでに宴のときまできっちりと一番上まで閉まっていたボタンを寝苦しくないように外してやり、 半分くらいまで開けて、酒がまわっているのだろう赤い肌を撫でた。 その感触がくすぐったかったのか、が身をよじる。…なにをやってるんだ、おれは。 こんな、セクハラまがいのようなこと。馬鹿かおれ。今になって酒がまわってきたのだろうか。 「…」 やっぱり胸板、薄いな。でも想像してたよりかは、ある。医者にしては逞しい胸板。 いつだったかおれがからかったことを気にしてだろうか。思えばあれから少し逞しくなった。 「…」 もしおれの一言でが行動をおこしたのならば、それはすごくうれしい。その理由がどんなことであれだ。 おれはそんなのはだけた肌を見ながら、なぜか更にボタンを外しにかかった。 頭ではおかしいと思いながら、手は止まらない。ひとつひとつ丁寧に、を起こさないよう外す。 そうして全て外せば、シャツはするりと重力に従ってシーツへと落ちた。 前に見たときはもう少し柔らかそうだった腹が、逞しく成長していた。本当に、鍛えたのか。 つ、とそれを辿れば、はくすぐったそうにもがいた。 「…う…」 おれは一体なにをしているのだろう。寝ている酔っ払いを部屋に連れ込んで、脱がして、何がしたいのか。 おれよりも薄い胸板。刻まれたタトゥー。髑髏と死神をモチーフにしたそれは、が自分を皮肉って彫ったものだ。 髑髏を指なぞる。薄く上下するそれは、まるでおれを誘惑しているかのようだった。 「…ッ、」 気付けばおれはベルトを引き抜いていた。引き抜いたベルトを適当に放り投げて、下着の中に手を突っ込む。 ばかやめろ、という頭の静止はきかなかった。理性では抑えられない欲求が頭を支配する。 「…ん…っ」 頭の中をどうしようもない快感が支配する。目の前の男がどうしようもなく愛しいといってやまない。 「……っ」 の酒で赤くなった顔や体を見ながら、いっそ痛いくらいに激しく扱いた。 感じるのは強い快楽と、罪悪感。顔を見たい、見ちゃだめだ、でも、と頭がぐるぐる考える。 ぎゅうと瞼を閉じて、やっぱりちらりとの顔を見る。目が開いていた。 「…え…!」 「…エース…?」 「え、あ、あ…ッ!」 名前を呼ばれた瞬間に達してしまった。…やばい、一番最悪のパターンだ。せめて止めていたならば。 まだ自分も若いし、どうしても耐えれなかったのだと、笑って誤魔化せたやもしれないのに。 「…?」 「ぁ…ご、ごめ…」 寝起きで頭が働いていないのか、自分の体にかかった白濁にいまいちピンときていないようだった。 ぼうっとした瞳がゆらりと揺れる。の手が、ゆっくりと白濁をすくって、 舐めた。 「っ!?」 「…にがい…」 「あッ…当たり前だ! ばか! み、水…水持ってく、」 不思議だからって舐めるやつがいるかこのばか! も、もし有害なものだったらどうするんだ! いや正直それもある種有害だけどな!? 人体から出たものとはいえ! 「いい…いらない」 「でも」 「いらない」 「そ…、そうか」 静止するために掴まれた腕が熱い。まるで自身が熱を発しているかのようだ。 掴まれた反対の手でその手を退かそうとして、掌は使っていたのでものすごく汚いことに気付いた。 これではに触ることなんてできない。近くに拭くためのタオルもハンカチもない。 「…拭きたいのか? なら、これを使えばいい」 「い、いや、そんなのできねェよ!」 が差し出したものはの着ているシャツだった。当然のように差し出している。 「どうせ汚れてる」 「う…わ、悪ィ……」 「ほら、拭けよ」 確かに粗相をしたのはおれだが、だからといって更に汚していいというわけではない。 生臭いにおいが染み付いてしまうし、それにこれ以上を汚したくはなかった。 「い、いや、いいよ、手洗ってくるか――」 すっと、の手が動くのが見えた。指が綺麗だなと、場違いに思う。 「――ら…?」 「慣れれば我慢はできるな…」 「な…」 一体、なんなんだ! は、動物かなにかか!? あまりの衝撃に声が出ない! 混乱で頭がぐらぐらして正常な思考が働かない。ぬるりとした感触に、身が震えた。 が、が、お、おれの、手を…! 「な、にしてんだッ!」 「わ」 「ば、ば、馬鹿か!」 「馬鹿とは失礼な。俺はただ綺麗にしてやっただけで」 平然と言ってのけるに怒りさえ覚えてきた。この原因はおれだが、発端はだ。 少しくらいは怒っても良いような気がした。いっそその頭の中を見て回りたいくらいだ。 「だから!」 「なんで舐める!!」 「…そういう雰囲気だから?」 なんで疑問形で返ってくるんだ!! しかも、そ、そ、そういう雰囲気って、なんだ! ああああまた頭がぐるぐるしてきた! 考えることが全て面倒になって、がまた手を舐めはじめて、 「ん…っや、やめ…」 「手、感じてる?」 「ちが、」 丹念に舐めながら上目遣いにこちらを見てくるに、ぞくりと背中を快感がはしった。 体はみっともなくぶるぶると震えていて、出しっぱなしのものも勃ってきている。 おれが感じていることは、聞くよりも見る方が明らかだ。わかっていては聞いているのだろう。 「う…」 「へえ、違うの。じゃあそれはなに?」 ぴん、とおれのものをが指で弾いた。おれはイかないよう我慢するのが精いっぱいで、抵抗なんてできない。 左手を舐めながらはおれのものにも手を出し始めて、もうなにがなんだかわからなくなってきた。 「んあっ」 「もっと可愛い声出せよ」 「で…出る、か…!」 「出るって」 か…可愛い声なんて、女じゃないんだから、出るわけが―― 「お…女じゃ、ねェ…!」 「は? いや、うん、男だろうな、ついてるし」 「ちが…お、おれは! お前の好きな女じゃ、ねえんだよ!」 触れてくる指に耐えながら言った言葉に、の動きは止まった。ぽかんとしていて、動かない。 やっと気付いたのだろうか。おれはの望む相手ではないと。 「…それ本気で言ってる?」 「言って…る」 「あっそう。じゃあこれもいやだ?」 「いや…だ…」 その言葉におれのものに触れていたの手がゆっくりと離れた。最後に掠めた指が痺れるような快感を残す。 これが正しいのだと思わないといけないのに、どこか寂しくも思う。おれは異常だ。 片恋だという相手の代わりにはなりたくないと思うのに、代わりでもいいとも思えて、頭が沸いているとしか思えない。 「お、おれは、お前の好きな、く、黒髪でそばかすの、気の強い、女じゃ…」 「…誰も女とは言ってないんだがなぁ」 「…え…、?」 女じゃない…? 男だとでもいうのだろうか。ああそうか、それならばがおれを咎めなかったのも、わかる。 黒髪、そばかす、特徴が同じおれに対して、その相手をやっぱり重ねて見ていたから、なんだ。 「つーかさ…わかってないなら、なんで俺のことおかずにしてんの」 「ばっ、お、し、してな…っ」 「え、してたじゃん、人にまたがって、服まで脱がして、ぶっかけて」 「〜〜っ」 確かにおれのした行為はそういうものなのだろう。むしろそれだけしていて否定する方が難しい。 つんと目頭が熱くなって、泣きそうになった。駄目だ、泣くなおれ、 「…エース。そんな顔するなよ」 「う、るせ…」 「エース、泣くなって」 「泣い、て、…ない」 必死に我慢しようとするおれを見て、は優しく笑った。いつもは嬉しいのに、今はその笑顔が辛い。 「泣かないでくれよ。俺の言い方が悪かった」 「うぅ…ぐすっ」 「俺、起きたとき、すげえびっくりしたよ」 の声は優しい。笑顔も優しい。でも罪悪感がおれを責め立てて、の顔を直視できない。 頭を撫でる手の優しさに、さらに涙が出そうになる。 「でもさ、嬉しかった」 「…え…?」 「だってエース、俺で欲情できるんだろ?」 「え…あ…、え?」 おれの頭を優しく撫でて、はゆっくりとおれを押し倒した。 …え? どういう展開? 「え、お…おい、?」 「俺はさあ…聖人じゃ、ないんだ」 「んっ」 鎖骨の下のあたりに吸いつかれて、痛みのような痺れのような感覚と、赤い点が残る。 「明日はちゃんと服着ないと駄目だな、エース」 「あ…な、なんで…」 「それはどの理由を求めてるんだ?」 押し倒している理由か、痕を残した理由か。正直どちらもばかなおれには理解できない。 けれどその口ぶりからして、恐らくどちらかしか答えてくれない。 「…な、なんで…おれ、押し倒されてんだ…」 「言ったろ。俺は聖人じゃない」 「…?」 「つまりな。据え膳置かれて喰わないほど、できた男じゃないんだ」
暗転 本番面倒なんでカット