「好きなんだ」との声が聞こえて、ぐらぐらと揺れる視界。 ああ、すげえショックなんだおれ、と客観的に思う。ぼうっと視界も狭まる。 その言葉に動揺したからか、酒を持つ手が震えている。ぶるぶると震えた所為で酒が少し零れた。 心を落ち着かせて、何か言わなければと顔を上げたらそこには、の顔が大きくあった。 「…え、」 酒臭い息、さらりと揺れる銀色の髪。の瞼の下りかけた瞳がゆらりと動いた。 「…あ、の……?」 はおれを抱きしめたまま離さない。その抱きしめる強さに動揺していると、 徐々にが体重をかけてきた。このままでは後ろへ倒れてしまう。――押し倒される? まさか酔っ払ってその女とおれを勘違いしているのではと押し返すが、それでもは離れない。 「お、おい!?」 酔っ払いであるとはいえ相手は戦うことの少ない医者だ。無理に力を込めて押し返したら、怪我をしてしまうかもしれない。 だから突き飛ばせずそのままずるずると倒れて、けれど押し倒されることはなく、はおれからずれて床へと倒れ込んだ。 ごつんといい音がして、はそれきり動かなくなった。もしかして打ちどころが悪かったりしただろうか。 大変だ、医者が倒れた場合それは誰が看れば…! 「だ…大丈夫か?」 瞳が見えないと随分と若く見えるの顔は、苦しそうにはとても見えない。むしろおれより若く元気そうだ。 その整った顔を覗きこもうとして、から「くかー」と寝息が聞こえた。…。 「てめ…心配かけさせやがって…」 自然とため息が出た。がなにをしても仕方ないな片付けてしまいそうになるのは、惚れた弱みというやつだろうか。 それにしても喋ってる途中で寝るか、普通。は酔っ払うと寝るということなんだろうか。 寝ていたというのなら、先程のことは事故だったと、片づけていいのか。いいんだろう。恐らく。 あとで笑い話にしてやろうか。そしたらはなんと言うだろう。「そこは避けろよ」とか言うんだろうか。 しかし考えごとをしていたおれに対して気付いたら目の前にあった顔を避けろという方が無理だ。 けれどもし考えごとをしていなかったとして、きっとおれはそれでも避けなかっただろう。 相手から迫ってきたのだから、おれに罪はない。何事もなかったかのように笑い酔っ払いの振りをして―― 「…クソッ」 駄目だ、が珍しく女の話なんてするから…。 変な方向へと飛んでいく思考を無理やり引っ張って、手元にあった酒を一気に煽った。さすがに喉が熱い。 ばかみたいだ、男相手に好きな女がいるとも知らず、一喜一憂。もう寝てしまおう。いっそ忘れられたらいいのに。 「…おい、、おれァもう寝るぜ…」 突いても叩いてもはぐうぐうと寝息をたててぐっすりと眠っている。朝でもないのに叩き起こすのはさすがに酷か。 そこに放置しようとして、前にあまり体は強くないと言っていたことを思い出す。放置したら風邪をひくだろうか。 海賊らしからぬやわな体をしているが風邪をひいたら一大事だ。まず医者がいない。 「マルコ」 「あァ? なんだよい」 「おれとはもう寝るから」 「なんだ、はもう潰れたのかよい?」 「疲れてたんだろ。じゃあ、おやすみ」 潰れた酔っ払いに刺激を与えないよう担ぎあげる。相変わらず軽い。が、前よりは重くなったか。 火拳で脅してちゃんと三食食べることを強要させてからはきちんと食べているということだろう。 いっそこのまま前線で戦えるようにおれが鍛えてみようか。はすぐに根をあげるだろう、痛いのが大嫌いだから。 「…あー」 適当に船内にを運んできたはいいが、よくよく考えてみればおれはの部屋を知らない。 それにおれの足は自然と自分の部屋へと向かっている。…おれの部屋で寝ても問題ないよな。同じ船内だ、変わらないだろう。 よしそうしよう。しかし問題は寝床だ。おれは床で寝る気も、を床で寝かす気もない。 …くっつけば狭い寝床でも二人は入るだろうか。少し窮屈か。 「ほら、ついたぞ。おれの部屋だけど」 一応言ってはみたが予想通り反応はない。ぐったりとしていて、死んだように眠っている。 反応のない酔い潰れを布団に置いた。この布団の面積で二人寝るというのはやっぱり狭そうだ。仕方がないか。 おれも横に座ってみたが、やっぱり狭い。を無理やり奥へと追いやったら呻き声が聞こえた気がしたがが多分気の所為だ。 仮にも片恋の相手だが、振られたばかりのおれに相手を気遣うなんてことは思い浮かばなかった。 「……」 …好きな女、か。まさかそんな女がにいるだなんて、知らなかった。 『ああ、可愛いぞ。黒髪でな、そばかすが特徴的な気の強い子だ』 どんなにグラマラスな美女が誘惑したって撥ね退けていたあのが可愛いと言いきった、女。 きっと最高の女なのだろう。が、惚れるほど、の。 …。 「黒髪にそばかす…か」 ひょっとしたらは、おれとその子を重ねて見ているのかもしれない。考えてみれば特徴が同じだ。 だから時々、ものすごく優しい眼をしておれのことを見ていたんだ。 さっきのことだって、本当に眠って倒れただけなのかどうか… 「うぅ…ん」 「!」 突然腰に回された腕に驚いたが、それはの腕だった。まあ当然だ、ここにはおれとしかいないのだから。 寒いのだろうか。そうか、おれはいつも暑くて布団をかけていないから気付かなかった。 「一旦離せよ、なにかかけるものを持ってくるから」 意識のない相手に話しかけたって無駄だろうが、昔から弟を世話していた癖か、こういうところが抜けない。 「…、…」 「え?」 なにかを言っているのだが、それはなにかが聞こえない。耳をに近付けて、もう一度聞く。 するとぼそぼそとがまた喋りだした。その低い声に少しどきりとしたがこの心臓は無視することにする。 「…くたい…」 「は?」 「ネクタイ…外してくれないか…」 「あ、」 そういえば今日は珍しくネクタイをしていた。その姿に目を奪われて恥ずかしくなった記憶も新しいはずなのに忘れていた。 ようは布の紐を首に巻いているんだ、ネクタイをしながら寝ようとすれば寝苦しいにも決まっている。 「悪ィ、今外してやる」
問題はこいつらに個室の部屋があるのかどうか