「あっ、そうだ、左頬にビンタだけはしちゃ駄目だぞ!」
「ん? なんで?」
「なんでも!」
「……教えてくれないわけ?」
「いいから、絶っっっっっ対に、しちゃ駄目だ!! 殴るならグーか右頬!」

嗚呼、馬鹿だねユーリ。
人はやるなと言われればやりたくなるんだよ?
理由を教えてくれないのなら、尚更さ!

「ふぅん……んー、じゃあコンラート、ちょっと」
「はい?」
「こっちこっち」

コンラートは素直にこっちに来た。あぁ、馬鹿正直だなぁコンラートは。
これから何をされるのかも知らずにさ。
コンラートは俺より身長が高いので、見上げる形になった。ちょっとむかつく。
何をされるのかわかっていないのか、話が飲み込めていないのか。
コンラートはニコニコと、ただ笑っているだけ。

 

ぺちん、

 

瞬間、空気が固まったような気がした。
……気のせいかな。

「……で、こうするとどうなるんだって? やっちまえば教えてくれたっていいよなぁ?」

後ろを振り向けば、
ユーリはポカンとしていて、口が半開きだった。
そんな顔してたら、フォンビーレフェルト卿も愛想尽かすぞ。
けれどフォンビーレフェルト卿はなんだか良くわからない顔をしているし、
ギュンターは……なんか知らんが汁塗れ。
当の叩かれたコンラートと言えば、なんとも言い難い表情で笑っていた。

「……馬鹿……」
「うわ、ユーリに馬鹿とか言われたくないぞ」
「馬鹿だよは! だってお前、それ……それ、求婚なんだぞ!?」

は? 球根?

「球根でもなく求婚! 結婚申し込んじゃったんだよ、は!」
「なんで」
「な、なんか知らんけど、昔ながらの作法で求婚したんだって!」
「俺コンラートに求婚したの?」
「そうだよ! 取り消した方が良いって、たぶんコンラッドなら取り消しも受け入れてくれるって!!」

ん、んー……この世界の作法ってヤツ?
ふーん、面白い作法だなぁ、左頬ビンタで求婚って。
じゃあ良くある別れ話で左頬をビンタしちゃったら、別れるのに求婚しちゃったことに。

「なんで落ち着いてるんだよ!?」
「いや、別に……ああ、もしかしてユーリもフォンビーレフェルト卿にしちゃったの?」
「そう、そうなんだよ……だから親切にはおれと同じ過ちを犯さないようにと……」

あーあ、だったら理由も言ってくれれば良いのに。
理由も言ってくれればビンタなんて……いや、したかも。
するなと言われれば言われるほど、したくなるし。
うーん、なら知らないウチにしといて正解?

「ふぅん、そう……じゃ、コンラートー」
「……」
「コンラート?」
「…………」
「おーい、起きてるのー? なんだ、立ったまま寝たのか?」
「……いえ……起きてますけど」
「あ、そう? じゃあさコンラート、俺と婚約する? それとも解消する?」
「……いいんですか?」
「なにが」
「いえ、だって……知らずにしたことなのに、」
「いや別に。俺、どちらかといえばコンラート好みだよ。コンラートは、どうよ?」
「……」

そう言えば、コンラートは少し考え込むように、黙り込んだ。
……流石に嫌、なのかな。確かにさっき会ったばっかだし。
一目惚れして求婚したわけでもなく、ただ気になったからしただけだし。
あれ、俺もしかして異世界到達早々振られるワケ?
うわ、それは嫌だなぁ……。

「……俺なんかで、良ければ」
「あーそっかやっぱ嫌だよなぁ……なんだって? OK?」
「はい。俺なんかで良ければ、ですが」
「え、マジで? じゃあ俺たちこれで婚約?」

うわ、なんだか俺美形の恋人ゲット?
凄くお得なお買い物……いや買い物じゃないし。

え、ていうかマジでいいんですか、コンラートさん。