「ゼストガ、」 「おや、レイヤさんではありませんか」 にこにこと笑みを貼り付けながら、彼はこちらに近づいてくる。 …嗚呼、こいつの本物の笑顔を見ることはないのだろうか? いつだっていつだって、こいつは貼り付けただけの薄い笑みしか見せない。 「なにかご用ですか?」 「いや…居たから声かけてみただけ」 「なんですかそれ。面倒なことをしますね、用がないなら声をかけないでくださいよ」 時間の無駄です、なんて言っている。酷い奴だ。 そんな性格なんだから女に逃げられるんだよ、なんて台詞は言い飽きたので言わない。 そもそも口を開けば嫌われる、それを言ったのは本人だ。 それに、優しいところもある。 時間の無駄だ、なんて言いながらもまだここに留まって居たりとか。 「…、」 「……レイヤさん?」 「え? あ、いや…そうだゼストガ」 「はい?」 「お前、好きな女が出来たんだって?」 「!? ちっちが…またバドさんですか!? 違うと言っているのに! いいですかレイヤさん、断じて、断っじて違います!」 おおっ、マシンガントーク。 「どうして僕があんな…あんなっ、面倒な人を! 選ぶならもっとマシな人を選びますっ! そもそも僕は、そんな出世に響くことなんて絶対、そう、絶っっっ対にしません!」 「恋愛は理屈で片付けられないことだぞ」 「片付けられますっ」 「必死に弁解するあたりが怪しいぞゼストガ」 「ちょ…っニヤニヤしないでください気持ち悪い! 誤解なんです、バドさんが勝手に言っているんです!」 《学園》では恋愛は固く禁じられている――だからこそゼストガは、余計に否定するのだろう。 けれどもし、そんな規則がなかったら? もしもなかったら、こいつは認めたんだろうか? ――いいや。認めない、か。 素直じゃないからな、こいつは。 …にしても、ここまで否定するとは、本当に好きなんだな、コイツ。 …………負けかなぁ。 「ちょっとレイヤさんっ、聞いてますか!?」 「え? いやー、あんまりにもお前が語るから。惚気はヤだねぇ、俺なんて好きな女が一向に出来ないってのに」 「そうですか、僕の立場をお譲りしましょうか?」 「お? それは好きだと認める、と?」 「――っ! ちが…っ言葉の綾ですッ忘れてください!」 「いやぁ、中々貴重だからなーこんなん。よし、記念にこの録音テープは家宝にしよう」 「ろ…ッ!? 録音なんてしてたんですか!? ちょっ、そんなことしたら末代まで祟りますよっ」 あははははははは、なんて笑いながらテープを獲ろうとするゼストガの手を避ける。 あぁ、面白いなぁ。…なんて、思ったりして。 ま、コッチは失恋してんだ。このくらい許されるだろ? なぁ、ゼストガ? 「……じゃ、好きって言ってよ」 「な…ッ!?」 「言ってくれたら、返してあげる」 ……調子に乗りすぎてる、かな。 さすがにゼストガも、絶句したような顔をしていた。 「そ…っれじゃ本末転倒じゃないですか! むしろこっちを録音されたら更に弱みを握られます!」 「しないよ。誓う。俺の全てに誓うさ。録音は、しない。この耳だけで、」 「……レイヤさん?」 「…………で、どーよ。言ってくれんの?」 「〜〜っ…かり、ました」 「へっ…マジで?」 「マジです! だ、だから…消してください!」 「消すよ。勿論! ね、だから早く、言ってよ」 「なんでそんなにうれしそうなんですか…」 そりゃ嬉しいに決まっているじゃないか! こちとら長い間想い続けた結果がコレなんだ、嬉しすぎて死にそうさ。 男同士な上、《学園》での恋愛は固く禁じられ、本人は出世に響くことはしたくない。 望みはないな、と諦めながらも想い続け! とうとう! (見知らぬ女相手とはいえ)告白を……!! 「…その」 「ん? どうした?」 「な、名前も…言うべき、なのでしょうか」 「え? 言ってくれんの? そりゃそっちの方が良いけど」 真っ赤な顔をしたゼストガを見て、かわいいなぁ、なんて、思う。 うーん、こんなに好きなんじゃ、諦めるとか、絶対できないって……。 「……っひ、人気の…少ないところ、が…」 「…」 人気の少ないところって。 お前さ、俺がどんだけお前のこと好きか、わかってんの? 「…あー。じゃあ俺の部屋――はやめとくか」 「……いえ…レイヤさんの、部屋で」 ……あ、駄目だ。コイツ馬鹿だ、確実に。 ンな無防備にしてっと、俺が――…いや、やめとこ。 こーゆーの、考えたりすることからやめよう。 にしても…… どーすっかなぁ。 「……」 ゼストガは、さっきから深呼吸を繰り返してる。 …畜生、さっきやめようって思ったのに。 なのに…なのに…… どうしてお前はそんなに可愛いことをーッッッ!!! 畜生、相手が羨ましいッ! 羨ましすぎて死にてェよこのヤロッ! あ、野郎じゃねェや相手は女か。 「……レイヤさん」 「うん」 「その…す…、」 「……」 「す…好き、です。ずっと、ずっと…好きでした」 ……あれ? 「でも、今日でこの想いとも、お別れします。――レイヤさんの言う通り、僕には好きな女性が出来ました」 待、てよ、 「彼女なんかより、貴方の方が、好きです。どうしようもないほどに、好きです。ですが」 お前、リティーヤが、好きなんだろ? 「――貴方は僕のことを本当にただの友人としか思っていないご様子で。まぁ、それが普通なんですよね。僕が…おかしい、だけ…でっ」 なんでお前、泣いてんだよ、 「…暫く…僕と、会わないで…いただけますか」 なぁ、なに言って 「身勝手なのはわかってます。けれど…少し、想いを整理したいんです。大丈夫、少しすれば、友人として――んっ!?」 気付けば俺は、ゼストガにキスをしていた。 「……っな、にを」 「…ェ、よ」 「こ、んな…こと……っされても、困ります! 同情なん、てっ」 「誰がンなこと言った」 「……え?」 「同情なんて、言ってないだろ」 「じゃ…じゃあ、なんですか! これは貴方にとって友情なんですか!?」 「阿呆か! 愛情に決まってンだろが!!」 「――え?」 「はぁ…ったく、折角諦めようと思ったのによ」 「え…な…?」 困惑する、ゼストガ。 ――俺も困惑してるよ。できればもう何も考えたくない。 だがここで言葉を閉じれば、ゼストガは混乱して混乱して混乱して、妄想とかし出しそうだ。 「《学園》では禁じられているとは言え、お前はマトモな恋愛をして欲しかったのに」 「…え? あ、の…えと」 「俺はさぁ」 「こう見えて俺は一途でしつこいんだよ、ゼストガ」 「え……っ」 ――ゼストガが、戸惑ったような声を上げる。 ……うーん、元ネタがわかちゃったのかな。 さすがにゲームの台詞を取るのは駄目だったか? 「捕まえたら放せない。だから、諦めようと、ゼストガを応援してやろうと思ったのに」 「……」 ゼストガの瞳が、揺らぐ。 「なのにさぁ。――俺の決心を揺らぐようなことばっかしやがって」 「…つ、まり」 声が震えている。 嗚呼、気づかれていないだろうか。 こいつは変なところで鈍くて、変なところで鋭いから。 なるべく感付かれたく、ないのだけれど。 「レイヤさん、は…僕のことを、好きだ……と?」 「そういうことだよ、ゼストガ」 「――っ!」 今にも、泣き出しそうな顔をしていた。 いつもいつもいつも、貼り付けた薄っぺらい笑みを浮かべている、ゼストガが。 「な、んで…っんで、言ってくれないんですか!」 「言ってくれないって、あのなぁ。こっちだっていろいろ悩んだんだぞ、アホ」 悩んで悩んで悩んで悩んで悩みまくって、ひたすら悩みまくったのに。 男同士だとか、相手はあのゼストガだとか、色々さぁ。 なのにそう簡単に言われても。 「…馬鹿」 「は、はぁ? なんでお前に馬鹿って」 「馬鹿ですよ! 貴方は馬鹿です、もう馬鹿以外のなんでもありません!!」 反論しようとして――やめた。 泣いてる相手に怒鳴り返すほど……俺は馬鹿じゃない。 「…馬鹿。泣くなよ」 「馬鹿って言わないでください…っ」 「おいおい…先に言ったのはお前だろうに」 抱きしめてぽんぽん、と軽く頭を叩いてやれば、ゼストガは俺に縋り付くように寄りかかった。 「…ばかっ……」 「……ごめん」 なんで、俺、謝ってるんだろ。 ……でも、まぁ。いいかな? 可愛いゼストガも見れたし、晴れて両想い…なんだし。 「 」 耳元で囁けば、ゼストガは俺を強く抱きしめた。 * 駆け落ちして出奔者になるかどうかはわからない