「なぁシリウス。目、瞑って」
「は?」
「頼むよ」
「……う……ん? な、なんで」
「いいから」
「……?」

シリウスは、困惑した表情を浮かべながらもゆっくりと、目を瞑った。
じ、っとシリウスの顔を眺める。
あぁ、睫毛長いなぁ。しかも少しカールしてる。
鼻筋はすっと通っているし、肌も肌理細やかで綺麗。
唇は女のように口紅を塗っているわけでもリップを塗っているわけでもないのに綺麗なピンク色だ。
……化粧入要らずか。女が嘆くな。

「……な、なぁ、いつまで瞑ってればいいんだ?」
「んー、もうちょっと」

さて、どうしよっかな。
とりあえず衝動的に瞑ってくれと言ってしまったけれど、
言い訳を考えるのも面倒だ。
いっそのことキスでもしてしまおうか。
あぁ、でも何処に。
額に? 頬に? ――唇に?

「……まだか?」
「まーだ」

シリウスがいつまでもじっと素直に目を瞑っているとは限らないしなぁ。
なんせこいつも悪戯仕掛け人の一人だ、そのうちこっそり目を開けたりしそうだし。
……あー、どうしよう。
本当にキスしてしまおうか。
あぁ、考えたら気になってきた。
シリウスはどんな反応を見せるのだろう?

「……、まだ?」
「まだだよ」

ゆっくりと、シリウスの頬に手を添える。
シリウスの体が、びくりと震えた。
――あぁ、そうか。確かにこの体制じゃ、いかにもキスします、って感じだもんなぁ。
そんなことを思って、ふと、思う。

どうして拒まないのだろう。

俺とシリウスは同性だったと思うのだけれど、違っただろうか。
俺もシリウスも男だったような気がする。
俺、男。シリウス、男。んん?

「――まだ、だからな……?」
「ん……」

考えるのをやめて、目を閉じてゆっくりと顔を近づける。
近づくほど、シリウスの体が強張っていくのが掌から伝わった。
――あぁ、そうか、こいつ、実は目を開けてるな……。
あれ?
でもおかしいな、普通、こう、目を開けてるなら尚更抵抗するべきじゃないのか?
そんなことを考えてる間にも、どんどん近付いてゆく。
あと3cm

あと2cm

あと1cm


あと――




ちゅ、



びくん、とシリウスの体が揺れ、目を開けると、
瞳に涙を溜めたシリウスが見えた。

「……駄目じゃないか。目を開けるなと、言ったのに」
「あ……」
「……なんだその顔。唇にキスされるとでも思ったのか?」
「……っう、うるせ」
「かーわいい」

笑いながら言ってやれば、シリウスは顔を真っ赤にしてぷいと横を向いた。
……ちょ……なにその可愛い反応。
マジでキスするぞこのやろう。

「……ばか」
「馬鹿とは酷いな。別に唇でも良かったんだけど、流石に承諾なしでするのはどうかと思って」

……あぁ、でもプレイボーイのシリウス君はキスの一つや二つ、どうってことないか?
皮肉ってみる。あぁ、シリウスの綺麗な顔が歪んだ。

「……なにジェームズみたいなこと言ってんだ?」
「べつに」
「なんでお前がいじけてんだよ」
「いじけてない」
「……嘘だろ、いじけてるじゃないか」

本当にいじけてなんかないのだが、シリウスの薄灰の瞳には俺がどんな風に映っているのだろうか。
少しシリウスの脳内を覗いてみたくなった。
いや、やろうと思えば、できる……か。
開心術でも使えば、すぐにわかる。ただしシリウスにはバレるが。
まぁ開心術以外でも、心を読む方法はあるけれど、杖も使わず道具も使わず気付かぬようにではどの道出来ないだろう。
あれ? なんの話だったか。
あぁ、俺がいじけてるとかいじけてないとかだったか。

「……なぁ、どうしたんだ?」
「何でもないって言ってるだろ」
「嘘言うなって。どうすれば機嫌直してくれるんだ」

いつから俺の機嫌はへそを曲げたのだろう?
本当、シリウスは勉強以外は馬鹿だ。
なんて答えようか。
跪いて足をお嘗めとか言ったら何て反応するだろう。言わないけど(俺の今まで築いてきた人徳の為に)。
うーん、やっぱり此処は健全に行こう。
いや俺からすれば健全なだけで、傍から見れば完全に不健全なんだろうけど。男同士だし。

「……じゃあ、シリウスがキスしてくれたら」
「なっば……キスッ!?」
「キス一つで俺の機嫌は元通り〜ってな」
「お、お前……からかうのもいい加減に……っ!」
「あぁ、ごめん」
「軽いんだよお前は!」

……さて。
シリウスが“軽い”と言ったのは、
果たして謝罪の言葉が、なのか、尻が、なのか。
俺が判断するには曖昧すぎる表情だった。
うーんこれはどっちかにより対応が随分と……。
あーもういいや。いちかーばちかーって、

「――でも、お前とキスしてみたいのは、本当だけど」
「な……っ」

あぁ、白い顔を真っ赤に染めて、可愛らしい奴だ。
例え細く痩せこけてしまっても、不精ヒゲが生えても、髪が無造作に伸びても、それは変わらないだろう。
何故だろう、そんな絶対の自信がある。

「なぁ、シリウス? 俺とキスするのは、嫌か――?」



















この後シリウスが俺にキスしてくれたかどうかは、俺らしか知らない。