あぁ、お腹減った…お金がない…。
もう273円しかない…死ぬ…死んじゃう……。


安い!270円!→ うまやど ←超美味しいよ!


……もう此処でいいか…安いし。
安くてちょっと怪しいけど。

「…すいませーん」
「いらっしゃ…うわっ、死にそうな顔。金欠?」
「……いちばんやすいのください」
「はいはい。辛さは?」
「からさ?」
「ここ、カレー屋だけど。ちゃんと看板見た?」
「…」

正直、見てなかった。
『安い』の文字だけ見て入ってしまった。
まあ、カレーも嫌いじゃないし、いいかな。

「じゃあ、中辛で」
「ん、ちょっと待ってて、すぐ盛るから」

はい、おまたせ。と出されたカレーは、空腹の僕には輝いて見えた。
香ばしいカレーを、一口頬張る。美味しい。

「……うまい」
「そう? そりゃよかった」
「…おじさん暇そうですね」
「おじっ…失礼だな君は! まだまだピチピチじゃい!」
「じゃあ何歳ですか」
「うっ」

もごもごとカレーを食べながら聞けば、彼は口を閉じた。
……じゃあやっぱおじさんなのか。

「そ、そりゃ君よりは年齢上だけど」
「僕より年下だったらドン引きですよ」
「…君は思ったよりも嫌な奴だな…」
「思うほど僕のこと知らないでしょう。初対面ですよ」
「第一印象が翻ったわこの毒男め!」
「毒男って何!?」

失礼な男だ……大体僕客なのに。
カレーの味は良いのに、店員が駄目じゃないか。
客は神とまでは言わないけど、もう少しマシな対応をした方が良いのでは……?

「……」
「ね、ね、美味しい?」
「…美味しいですよ」

なんだろうこのおっさん……とてつもなくウザい。

「良かったー。最近お客少なくてさー」
「へぇ、そうなんですか」
「うん、やっぱ安いからかなぁ? 不審に思って入らないのかも」
「僕も今日まで遠慮してましたよ、此処」

偶にものすごい異臭がするときあったし。

「金欠で仕方なく入った、って? まぁ大体そんな子ばっかだけどねー」
「へぇ…」
「お金が足りなくなったら、また来てくれるんだ」

ふと、所持金の残りが3円なのを思い出す。
……あー…家にもほぼお金残ってないし…なぁ…。

「あー…明日からどうしよう…仕送りはあと一週間先だしなぁ…」

僕、生きていけるかな……。
いや、何弱音を吐いてるんだ、僕。
いざとなれば公園の水があるじゃないか!

「じゃあバイトする?」
「…は?」
「金欠なんでしょ。それにお客いないときなら、カレーくらい奢るよ」

…そんな、急に言われても。
確かに金欠ではあるけれど、初めて来た店というのは……

「ウチ、私一人で経営してるんだけど、最近忙しくて」
「じゃあ他のバイトを雇えばいいじゃないですか」
「臭いとかなんとか言って働いてくれないんだ……」

…臭いのか。
ますます働きたくなくなってきたけれど、このカレーは安いし、美味しい。
下手をすれば、きっと潰れてしまうだろう。
……この味が消えてしまうのは、何故か嫌だと、思う。
でも、……でもだからといって、

「うまやど、下手すると潰れちゃうかもしれない」
「……でも」
「バイトしてくると、助かるんだけどなぁ……」
「……」

その泣きそうな、彼の顔が。
何故だか、見たくがなくて。何故だか――何かと、被って。
無性に、悲しくなった。

「……じゃ、あ……よろしくお願いします」
「そうだよな、やっぱ駄目だよな……って……え?」
「よろしくお願いします、と言ったんです」
「……いいのか?」
「はい」

しばらく働いてみて、合わないようならばやめればいい。
そんなに頑固な人にも見えないし、むしろ情けないイメージがする。
きっと、辞めると言えば止めはしてもやめさせないなんてことはないだろう。

「…じゃあ君、名前は?」
「え、あ、小野…って、あんた名前も知らない奴を雇おうとしてたのか!!」
「そういえばそうだな。で、名前は?」
「……、小野妹子です」
「おのいもこ?」
「はい」
「へー…」
「……なんですか」

どうせ、男なのに子かよ! だとか、
小野妹子か! みたいな感想が出るだけだろうけど。

「丁度良いな」
「は?」
「私は厩戸太子というんだ」
「うまやど…、たいし?」
「そう。あだ名は聖徳太子なんだ」

うまやど…厩戸、…太子…聖徳太子……厩戸…、
……幼名…?

「…なんか、臭そうな名前ですね」
「くさ…!? な、なに言うんだお前は……私は臭くないぞ、むしろハーブの香りじゃ!」
「カレー屋を営んでる時点でカレー臭そうですけど」

カレーの匂いが染み付きそうだ。
というか、既に染み付いているんじゃなかろうか。

「まーいいじゃん、聖徳太子と小野妹子ってことで」
「でも小野妹子と聖徳太子ってあんま接点ないですよ」
「うっそマジで!?」
「嘘を言ってどうするんですか。遣隋使に任命しただけですよ」
「がーん…」

効果音を自分で言う人を初めて見た。
というか、カレー屋に何故厩戸なんて名付けたのだろうか。
食物を扱うイメージはない。

「じゃー妹子、お前この後授業は? っていうか、大学生でいいんだよな?」
「え? あ、はい…って何名前で呼んでんだ!」
「いいじゃん別に。私のことも太子でいいぞ」
「呼ばんわ! 気持ち悪いのでやめてください」
「酷いじゃないか……」
「普通に厩戸さんって呼びますよ。それか店長」
「えー私苗字嫌いなんだよー。それに店長って実感わかないしー」
「わいとけよ! 自覚を持てー!」

なんだこの店長……。
早くもバイトをやめたくなってきた。

「……まぁ、」

店長が頭に巻いていた三角巾を乱暴に取り、がしがしと髪を掻く。
ちょこんと結んである前髪が何だか年齢にそぐわず可愛らしい。
にへらと笑いかけてくる。何だかムカつく。





「これからよろしくな、妹子!」















*
ちょっと変わって厩戸太子と小野妹子。