疲れた……。
最近、どうしてかとてつもなく体が重い。
特になにもしていないはずなのに、ひたすら疲れたと思う。
 
「えーうそ、あんた恋人いたのー?」
「実はねー」

ガヤガヤと騒ぐ教室の中、女の子定番の恋バナが耳に入る。
真横で喋られちゃ自然と耳に入っちゃうんだから、文句は言わないで欲しい。
盗み聞きは悪いかと移動も考えたけれど、体が重くて動かなかった。
仕方がないので、極力聞かないようにと心がけることにする

「――でね、彼外国に居て」
「すっごーい! ……なんて…じゃん!」
「…ことは、遠距離恋愛……」
「うん。……で、…… ……から、手紙出してるんだ」
「へー! ……ね、メールじゃ…で……」

あぁ…手紙かぁ。今時あんまり出さないよね。
外国にいる恋人と交流を欠かさないなんて、やっぱり愛なんだろうなぁ。
手紙……、手紙?

「そうか!」

思わず、大声で声が出てしまった。
ボクが突然大声を出した所為で教室がしんとした静寂に包まれていた。
慌てて寝ぼけてたと取り繕えば、納得したのか 次第にまたガヤガヤと煩くなっていった。











* * *










「あ、首無ー!」
「若? どうかなさいましたか」
「あのさ、便箋あるかな」
「便箋――ですか。誰かに文を?」
「あ、うん、まぁね」
「どのようなものが良いですか?」
「え? うーん…」

彼は、一体どんなものが好きだろう。
存在が同じだからって、好みまで同じとは限らないだろう。
でもボクは彼の好みを知る手段もないし……

「…あ、あのね――」






















「ん……?」

ふと、悪そうな妖気もないのに目が覚めた。
微弱な動揺にでも反応したのかと探っても、特に問題はなさそうだ。
至って普通に床についている。ぐっすりと熟睡中だ。
今日もこちらには来ないのかと、少し残念に思ったことは――なかったことにして。

……出て、みようか。

最近は中々表舞台へ出ないから、また妖怪が問題を起こしているかもしれない。
事が起こってからでは遅いのだから、偶には出てみるのも良いだろう。
リクオの疲労が更に積もってしまうかと思えば心苦しいが、
問題が起きて余計に疲れさせるよりはマシだろう。

熟睡していることを確認してから、それでも起こさないようにそっと入れ替わる。
灯りの消えた暗闇の中をじっと見渡せば、布団の傍に淡く桜の描かれた封筒があった。
布団の上なんかに置いて、起床時に寝ぼけて潰してしまったら大変ではないか。
見つけたからには、こんなところに置いておくわけにはいかない。
机の上にでも避難させてやるかと封筒を手に取れば、きちんと封がされていないのが目に入った。

「……?」

手紙を書いている途中で眠ってしまったのだろうか。
だが灯りは消えているし、ならば起きてから封をしようと思っていたのだろうか?
だとすれば起きた時に机の上にあれば混乱してしまうかもしれない。さて、どうするか。
なにげなしに裏返してみれば、子供ながらに達筆な字で宛名が書いてあった。


もう一人の僕へ


「!」

それは、オレへ宛てられた手紙だった。
オレの他にもリクオに人格があるのならば別だが、そんな人物は一度として見た事も聞いた事もがない。
何故か震える指先で便箋を傷つけないようにとそっとそれを抜き取る。
そう簡単に便箋は傷ついたりしないというのに、こんなこと一つに逡巡している己はさぞ滑稽だろう。
ゆっくりと、二つ折りになっている便箋を開く。

 
――もう一人の、僕へ。
なんて書いたらいいかわからなくて、とりあえず 君のことを、もう一人の僕と書くことにします。
こんなにも近いのにとても遠い、そんな人に手紙を出すなんて初めてで、なんだか良くわからないけれど……


開いた便箋からは、戸惑いながら書いたのだということがありありと分かる文で書かれていた。
敬語だったり崩れていたりするのは、恐らく距離を測りかねているからだろう。
オレだって同じ奴良リクオなのだから、もっと気軽に書いても良いのにとも思ったが、
オレがリクオだったとしてもきっとこうして距離を測りかねていたことだろう。

 
――実は、前から話してみたいと思ってたんだ。
同じ僕なのに、ううん、僕だからこそ、顔を合わせたり、話すことなんて出来やしないし……
でも折角夢の中で会えても、いつも話せないから。
もどかしい、って 思ってたんだ。顔は見ることはできても、会話は出来ない。
いつまでも、僕らは分かり合えないんだって 言われている気がして。


オレのことを考えてか、墨で書かれている文字。
ゆっくり、ゆっくりと一字も逃さぬように目を通す。
そしてお互いに会ってみたい、話してみたいと思っていたのだということに、何故か安心した。

 
――だから、手紙を出すことにしました。
見てくれるかなんてわからない、気付いてくれるかもわからないけれど……
それでも僕は君に、あっ、君っていうのもなんだか変、かな?
貴方 っていうのも、なんだか変だね。


戸惑いつつも手紙を書いているリクオを頭に浮かべて、意識せず笑ってしまう。
きっと、この文も必死に考えてくれた結果なのだろう。
傍にある溢れ返ったゴミ箱を見て、またひとつ、笑みが零れた。

 
――ああ、もう、もどかしい!
僕は、君と話がしたいです。君は話したくないって、思ってるかも知れない。
それならいいんだ。僕は諦める。でも、もし君も話したいと思ってくれているのなら……


「……可愛いこと、言ってくれるじゃねぇか」

話せないのならば、文を通じて。
全く、面白いことを考え付いたものだ。

「返事を、書いてやらねぇといけねぇな……」

まずは、便箋を探さないとならない。
リクオもオレに合わせて、桜の便箋を探してくれたんだ。
オレもリクオの為に似合う便箋を探してやらねば見合わないだろう。
つららではきっと騒ぎ立ててしまうだろうから、首無あたりが良いだろうか。

便箋を探す為にと静かに襖を開けて外へ出れば、夜は満月だった。
嗚呼、いとおしい……と 口から吐息が零れた。




















そして翌朝。
リクオが目を覚ますと、枕元には自分が置いたものとは別の和封筒が置いてあった。

――もう一人のオレへ