風の音が聞こえた。ひゅうと抜ける音がして、それに合わせて漆のような艶をした羽根が幾枚も舞い落ちては消える。 「お疲れ」 振り返ることもなく告げれば、空気がすっと動いたのがわかった。 背後に感じる気配は慣れ親しんだ薄いもので、するりと流れた風は心地よく俺を撫ぜる。 風はそのまま後ろから俺をすっぽり包み込むと、俺に腕を回し背にすりすりと頬を寄せてきた。 風の正体を、風魔小太郎という。とても優秀な忍で、北条に遣えながらも分身を駆使し俺を護ってくれている。 戦場などでは感情がなく非道な伝説の忍であるとかなんとか言われてるが、ひとたび任務が終われば、ただのめちゃくちゃ強い甘えん坊な忍だった。 「いて、」 抱きつかれたまま構ってやらずに放ったのが気にくわなかったのか、首筋をがじりとやられた。はいはい。 「小太郎」 「……」 自分の噛んだ後を入念に舐めているこの様を武田の忍に見せたらどんな反応が返ってくるのだろうか。 きっと、信じられないと目を擦るに違いない。 「疲れたか?」 小太郎からは当然返事はなく、ただぐりぐりと背に顔を押し当てられた。普段のふるふると首を振る仕草と同じ意味だろう。 というか地味に痛いのだが、こいつまた兜を被ったままだな。頼むからそれはやめてくれ。 知ってか知らずか、当の小太郎は自分の否定が届いていないとでも思ったのか、ぎゅうと強くくっついてから更に顔を押し当てだした。 あいててて。わかった、お前が疲れていないのはよくわかった! わかったからやめてくれ! ちなみに俺は疲れているんだが、お前、確実に俺の倍以上働いていたよな。どんだけ体力あるんだ。 流石は、腐っても伝説というわけだ。その名は伊達じゃない。 「……」 「小太郎、俺はお前の顔が見たいな」 「、」 ゆっくりと回されていた腕が外された。随分と名残惜しそうだったが、いつものことなのに飽きないのだろうか。 外された腕を追うように振り返り、先程までごつごつと背中に攻撃していた正体であろう兜を脱がす。抵抗はない。 綺麗な色の髪がさらりと揺れるのを見て、嗚呼いとおしいなとふと思った。 「一緒に寝るか?」 「……っ」 「冗談だよ、そんな嫌がるなって」 もげる勢いで首を振られてしまった。ううむ、眠くなかったんだろうか。 いや、単に俺と寝るっていうのが嫌だったのかもしれないが。それが真実か。厳しい現実だ。 「……小太郎?」 兜を取られた小太郎は今度は正面からぎゅうと抱きついて、肩口に顔を埋めて甘えてきた。相変わらず、甘えん坊な忍だ。 小太郎ほどの巨体でも甘えてくる様子というのは可愛いもので、俺はいつも甘やかしてしまう。