薄暗い地下。そこかしこを飛ぶゴーレム。
ベッドに沈む、白い、肌の――男。

「……ティキ、……ミック」

ティキ・ミック。ノア。正確には、"元"ノア。
アレンの退魔の剣によって、浄化された。浄化されてしまった。

「……"起きろ"」

ティキは、一度も目覚めない。
死んではいないのに、目覚めない。
アレンにノアを殺されてから、目覚めない。

「"起きろ"よ、」

俺が命令したって、起きやしない。てんでだめだ。
相手に意識がないんだ、当然だろうけれど。
いっそずっと眠っていろと命令すれば、起きるのかなぁ。






「起きろ……よ」

ティキは、まだ目覚めない。


































やっと目覚めたティキ・ミックは、一切の記憶を失っていた。



なんて都合の良い話だろう?
上層部もそう思ったのだろう、俺はティキ・ミックの尋問に駆り出された。
なんでも。イノセンスで命令して吐かせろ、だとか。
ティキの話を信じる気は、一切ないようだ。

「お前はこれから俺が訊ねることに"正直に"答えなければならない」
「……」

ティキが、コクリと頷いた。
既にこの反応でティキじゃないと思う。

「……あー、まず聞こうかな。君は、『ティキ・ミック』?」
「、たぶん」
「多分ね。それはどういう意味で? 聞いたから? それとも、わかってるケド実感が沸かない?」
「……実感、が」
「そう。じゃあ君は自分がどんな人物だったか、覚えてるの?」
「わからない、……わからないんだ」
「ふうん」

とりあえず、記憶はなさそう?
もういいかと飛んでいるゴーレムを見ても、無反応。
まだやってろってことか。

「じゃあティキ・ミック……いや、ティキ。次だけど」
「……、」
「……なに? 俺の顔、なんかついてる?」
「や……名前……」
「? ……あぁ、」

ティキって、呼んだからか。
まぁ散々「ティキ・ミック」って呼ばれたんだろうし。
そりゃ驚くか。

「こっちのが、良く効くんだ」
「……?」
「こっちのハナシ。ティキは気にしないで」

まあ、こんなことを言っておけば上層部は何も突っ込まないだろう。
これからは「ティキ」と呼び放題。言い訳はイノセンスの効果を左右することだから と。

「えーとね、ティキ。堅っ苦しいのナシにしてさ、フレンドリーにいこうか」
「……フレンドリー?」
「ソ。んーとね、ティキは自分が何歳か、わかる?」
「26、くらい……かな」
「そっか。じゃあ俺より年上さんだね」

いや、知ってるけど。とりあえずある程度は覚えてるんだなぁ、ティキ。
人物についてを全部忘れちゃったのかな。
能力についてはどうなんだろう? やってみればいいか。
幸い、ティキとはついこの間まで四六時中一緒だった。

「じゃーこんなコトはできる?」
「え……ッ!?」
「じゃーん、すり抜けちゃいましたー」
「えっ、なっ、なんだこれ……っ?」
「……ンー?」

忘れちゃってるのかぁ。
それはザンネン。

「凄いでしょー? コレはね、俺の能力のヒトツでー、何でもすり抜けんの」
「お、お前……何なんだ……?」
「変? 気持ちワルイ? あは、ついこの間までティキもそうだったんだよ」

悪い顔、して言ってみた。ヤバイ、怯えたティキの顔、イイ。
スゴイねティッキィ、お前、色白くてもやらしいや。

「そんな顔しなーいで、ティッキィ」
「……っ」
「ウソだよ、ウーソ! ティキは善良な一般市民でしたー、ってこれこそウソだけどーっ」

アハハって笑いながら言ったら、ティキも笑った。
やばい、このキャラ、イイかもね。ティキの警戒が段々薄れてる。
これからティキの相手するとき、これにしようかなぁ?

「あは、ティキ、ねえティキ、そういえばさァ、ティキって色白いんだね」
「は……?」
「んふふ、なんか新鮮だぁ」

いつも「しろ」のトキはゴミ箱から拾って来たとかいうビン底眼鏡してたし、
つーか泣きボクロ、なかったし。しろのとき。

「ティキ」
「……?」

ゆっくりと頬に手を伸ばしても、ティキは拒まない。
キス、したいなぁ。ダメかな。ダメか。観てるんだもんな。悪趣味なヤツラめ。
でもどーしよ、この手。引っ込みがつかない。

≪、何を遊んでいる。尋問を進めたまえ≫

……うぜー。でもナイスタイミング、手は離せた。
離した瞬間のティキの顔は、見なかったことにしてさ。