「あの……、」
「あやめ。……どこに行ってたんだ?」

駄目。
震えちゃ駄目。怯えちゃ駄目。
言伝を、伝言を、預かっているのだから。

「あの――」





























――ピンポーン

「……」

扉が開かれる気配も、インターホンから声が発せられる気配も、ない。
(……やっぱ、すんげー怒ってるの、かなぁ……)
自分らしくもないが、とてつもない不安が過ぎる。

プツッ、

急に、インターホンから音が出た。

『――勝手にしろ』

ブツンッ、

その一言だけで、音が止む。
――これは、

「つまり……入っても良いって?」

勿論、返事はない。
インターホンはもう切られたから。

「……ふむ」

嫌な考えまでし出してきた頭を掻きつつ、
とりあえず、恐る恐る家に入ってみることにした。





「……」
「……」

家に入ると、すぐそこにあやめが居た。
出迎え、なのだろうか。いや、出迎えだろう。
空目に言われたのか、自分から来たのかは、知らないけれど。

「……こっち、です」
「え……あ、あぁ」

こっち?
部屋の場所でも、変えたのだろうか。
怒って部屋を物置に変えられたとか――
……いや、そりゃないか。
…………いや、むしろ有り得るのか?
怒った空目を見たことがなくて、全く想像がつかない。

「……? そっち、空目の部屋の方じゃないの?」
「『黙ってついて来い』、と……」
「……あ、そうなんだ……」

……ビックリした。
一瞬、あやめが『黙ってついて来い』なんて言いだしたのかと。

「……」





「……来たか」

着いたところは、空目の寝室だった。
そして、空目はベッドに座っている。
(……うーん、これの意味することは……)
ふと後ろを見れば、目立つ臙脂はどこにも居ない。
……いつのまに出て行ったのだろう……。

「…………お前は、」
「ん……?」
「お前は……何を、考えているんだ」
「……さぁ……何だろう」

それはおれにも、わからないよ。

「何だと思う?」
「――気の迷い。そして、一種の麻薬……恋愛というモノに陥った、愚かな男」

「それはお互い様だろう?」

「……そうかもしれんな」

空目は、自嘲するように笑った。
そして俺も、自嘲するように笑った。

「なぁ空目、認めちまえよ」
「……」
「いくら下らないと……いくら所有欲の延長だと……どんなに考えても、感情を抑えることは出来ないだろう?
人間って言うものは、そういうモンだ。そうだろう、空目」
「……そうだな」
「迷う必要なんてないじゃねぇか。俺をこうしてここに入れてくれたのだって、そういうことなんだろう?」

返事は、ない。
だが、返事はその表情が告げていた。

「何で迷う? 迷う必要があるか?」
「――俺は」

「俺はいつか、異界へ消える身だ」

「知ってるさ」
「っ……」

知っている。
俺は、それを止めようと決めているのだから。

「弟を求めてることだって、異界を求めてることだって、とっくの昔に知ってるんだよ馬鹿」
「……そうか」
「俺は、それを理解したうえで言ってるんだ」
「…………、そうか」

空目は俯いていて、どんな表情をしているのかわからない。
だが、――声が、震えている。

「……俺は、どうすればいい?」
「どうだろう。とりあえず、お前はどうしたい?」
「……受け入れたいとは、思う。お前の想いを、……自分の想いを」
「そう。それだけでも、十分な進歩だと思うけど……これだけの進歩じゃ、物足りないよな」

相手の返事は、待たない。

「せめて好きか嫌いか、もしくは愛してるか。――言ってくれたら嬉しいけど」
「……」

空目は、唖然としている。
普通そこは好きか嫌いかだけだろう、と言いたい様な顔だ。
……ま、生憎と俺もお前も普通じゃないしィ?

「……俺だけ、言うのか」
「いんや? 愛してるよ、空目」

愛してる。心の、奥底から。

「恭一。……あいしてる」
「ッ、」

そっと囁いてやれば、空目は顔を真っ赤にした。
それがどうしようもなく、愛しいと思う。

「お前は、どう?」

誘惑するように笑ってやれば、
空目は迷うように視線を泳がせる。

「俺のこと、どう想ってる――?」


バッ


空目が、吹っ切ったように顔を上げた。
その表情は、自分の考え――空目論を講義するときの、顔。

「好きか嫌いか愛してるか、どれかを取るというのは非常に難しい。
何故ならば俺は感情が欠陥している欠陥製品で、お前はその欠陥製品の欠陥を調べる実験員。
俺に欠陥を少しでも取り戻す為に、お前は実験を繰り返している。
だが俺がここで認めてしまえば、実験員は実験をする必要がなくなり、俺とも離れる。
感情実験の成功を確認した後は、もう興味は失せているだろう。
そして俺は、そうして実験員が俺から離れていくのを見たくない。
――故に俺は、定めるのを迷っている。定めるべきか、定めざるべきか」

「後付の御託は別にいいよ。お前の中で、結果は出ているんだろう?」

「……そうだな。確かに、俺の中で答えは出ている。
この感情を、その中のひとつで表すならば。
俺は……」








「――あいしてる」

















「……」
「ん?」
「何故、急に実験をやめるなどと言ったんだ?」
「あぁ……いや。別に……対したことじゃないよ」
「対したことじゃないかは、俺が決めることだ」




「……空目のこと、本気になりそうだったから。


――ぐちゃぐちゃに、壊しそうになったから」



「…………」
「――はは、冗談だよ。ンな顔すんなって。空目のこと好きになったら、迷惑かなぁと思ってさ」









でも空目、お前は俺を受け入れたから。



もう、加減できないよ?