ざく、ざく、
空は灰色、今にも降りそうな曇空。
上げていた前髪が少しずつ降りてきて、鬱陶しい。
自分はどうかしてしまったのだろう。
少しだけ見える赤い髪が、赤い赤い血に見えるだなん、て。

「……くそっ」

スコップを握っている筈の手が、おかしい。
いつまでもいつまでも、肉を突き刺したあの感触が忘れられない。
馴れたはずの感覚。離れない感覚。

「なんで私がお前の墓など……!」

自分で殺めた者を弔うなど、おかしいではないか。
それもこれも、お前の所為だ、馬鹿者め。
なんで、なんで、なんで、なんで、あのとき、

――申し訳ありません、スコルピウス様

なんで、お前が謝る!
私は……私はお前を殺したんだぞ! 馬鹿!
お前の妻だって殺した、お前の子供だって市場に売った!
なのに、どうして……!

「……馬鹿、め……」

お人よしすぎるんだ、お前は。
だから私がお前を弔わなければならなくなるんだ。
この私が、どうして汗水垂らして穴を掘っている。お前の所為だ。馬鹿め。

「……よし」

ようやく掘り終わった二人分の穴を見下げ、
ゆっくりと男の死体を穴へと入れる。
土に汚れてしまった顔を気紛れ拭いてみるが、
よくよく考えればすぐに土に埋もれる。その必要もない。
皮も肉も、なにもかも土が浄化してくれるのだ。
――この血も土は浄化してくれるだろうか。
男を眺めていたら、ふいに頬を水が伝った。汗では、ない。
何かと上を見上げれば、空が泣き出していた。

「……あめ……」

この世に神がいたならば、これは弔いのつもりか。
……くだらない。
穴に水が溜まってしまう前に、こいつの妻も収めなければ。
愛妻家と聞いていたな。冥府ではもう既に妻と仲良く過ごしているのだろうか。

「……ふん……どうでもいい」

ここまでして放置するのも嫌だから、作るだけだ。お前の為ではない。
一体誰に言い訳をしているのか、自分に言い聞かせているのか。
自分でもわからぬままに口から様々な言葉が漏れだす。

「お前の為では、ない、ぞ……ばか……」

再びスコップを持ち土を被せようと土を掬う。
あぁ、この土があいつを浄化するのか。
あいつと、あいつの妻を、共に。
なんとも言えない感情が沸き出る。これは、なんだ。
何故だか無性に苛々して、乱暴に土を被せる。
あいつの顔が、腕が、足が、隠れていく。

「死体を飾る趣味もない。だから弔ってやるだけだ」

墓は、埋め終わってそれで終わりではない。
適当なところから枝と花を摘み、枝で墓標を作った後に、柄にもなく花飾りを作る。
……花飾りなど、作ったことがない。
幼い頃あいつに教えてもらったような気もするが、そんなもの忘れた。
我武者羅に編んでいけば、なんとかそれらしく仕上がったので、枝にかける。
もう一つ作らなければならないと思うと、気が滅入る。

「……適当だから、文句はいうなよ」

あいつが生きてこれを見ていたならば、笑って「作り方が違いますよ」と言うんだろうか。
だがもうそう言う命はない。体も土の中だ。
私が送った。私が逝かせた。妻と共に送り付けた。
……女々しく考え込む時間は終わりだ。弔いは終わった。
死体も埋めた、墓標も立てた、花飾りも添えた、もう何もすることなんてないじゃないか。

なのにどうして、足が動かない。

「……」

未練でも、あるというのか。この男を殺した私が。
なにがあるというのだ。こんな男、なんでもないじゃないか。
どこにでもいる、少し人よりもお人よしなだけの、男だったじゃないか。
どこに未練があるというのだ、スコルピオス。
自問したって答えが有るはずもない。答えなど、とっくに出ているのだから。

「弔えというのか、この私に」

弔いの、言葉だなんて。そんなものはない。
言えるはずがないのだ。
愛していた、だなんて。
だから私はお前に言おう。
そう、殺す前に、言った――

「冥府の王にでも……仕えていろ、馬鹿め……」

そして、冥府の王が野心家でないことを祈るのだな。
私はもうお前を追いはしない。