気付いたら森の中だった。気付いたら見知らぬ土地だった。
まるで神隠しにでも遭ったようにぽっかりと記憶が空いている。
自分はどうやってここへ遣って来たのだろう、
「…お、かあさ…」
そうだ、母は。決して美しくはなかったが
整った顔立ちをしている自慢の母はどこだろう。
先ほどまでは一緒にいたはずなのだ、つい先ほどまで、は
「う…」
ここはどこだ。怖い。怖い。怖い。ここは暗い。怖い。こわい。
「お、おかあさん…」
一体どこにいるの、隠れないで、僕をいじめないで、
ああ母はどこにもいない。一体どこへと消えてしまったのか?
否それは違う、自分が消えたのだ。大好きな母の元から、不用意に離れるから。
きっとこれは罰だ。かみさまが自分へ罰を与えたに違いない。きっとそうだ。
罰だから、自分は悲しまなくてはならない。母の元へとかえしてくれと、懇願しなくては。
どうかおねがいです、ははのもとへとかえしてください、
心無い神はなにもしてくれなかった。そのまま自分は森へと放置された。
どこかもわからぬ森の中。祖母が暮らしている田舎にもないほどに深い森。
「どこ…どこに…」



「そこにいるのは誰?」



「う…」
「里の子…じゃないな。あんた、誰だ」
「っひ、」
狐だ――! おそろしい形相をした狐がこちらへと迫ってくる。
駄目だ、逃げなくては。狐に捕まってはいけない。ああけれど足が動かない。
母の元へとかえるのだ、笑って変な場所に行ってしまったのだと、
「…ああ、これか」
「う、…?」
「これなら平気?」
「…だ、れ」
それは美しい色をしていた。夕陽のようにあかい色をしていた。
見た事もない色だった。あまりに綺麗な色なので、愚かにも自分は狐へと手を伸ばした。
「なに」
「さわっても、い…?」
「触るって。髪?」
こくりと頷けば、狐は小さく息を吐いてそれを許した。
恐る恐る目一杯背伸びをして手を伸ばす自分のために屈んで、狐は目線を合わせた。
触れた夕日は、とても柔らかかった。
「…迷い子?」
「おかあさん、どこにもいないの…」
「そう。今日は遅いから、一旦里へ行こう」
「さと、?」
「俺の暮らしている里。人里へ戻るにはもう暗過ぎるんだ」
行こうと手を伸ばした狐の顔は、たいそう美しく、穏やかであった。
それは狐の皮だったのかもしれない。けれども自分は狐の手をとった。
狐の指は、ひどく冷たく、かたいようでやわらかかった。
「暗いから、気をつけて」
「うん…」
「止まって!」
「っえ」
「そこ罠がある。あのやろう、解除し忘れてやがったな」
「…ご…ごめんなさい」
「お前が謝ることじゃない」
狐は優しく頭を撫でてくれた。
「おいで、危ないからおぶさってやる」
「で…でも」
ぼくきたないよ、と言っても狐は聞かなかった。
いつまでも戸惑っている自分に狐は痺れを切らしたようで、強引に自分を背負った。
「怖かったろう。疲れたなら眠ればいい。里についたら起こしてあげるよ、」
少年独特の高い声で狐は自分を慰めた。狐の背中は暖かく、心地良かった。





















「…うん…?」
なんだか変な夢を見た気がする…。
「おはよう。もうご飯だけど、食べないの?」
「…食べる」
「じゃあ早く用意してね」
「うん…なあ、佐助」
「なに?」
「変な夢を見たよ」
「へえ、どんな」
「狐が…あれ、なんだっけ…なんか狐が出てくる話」
「なにそれ、意味わかんない」