久々に戻るは我が故郷。
各地を飛び回り続けていたため、
故郷に帰るのは幼少期に父に無理矢理連れられ旅立った日以来だ。
実に十年以上の年月が経っている。
当然、覚えのある町並みはあまり残っていない。
更に自分を迎えてくれる家族すらいないが、けれど此処には確かな思い出があった。

「…姫」

初恋のあの子。
まだこの地にいるとは限らない。けれど成長した彼女の姿をこの目で見れたならば。






















誰だこの筋肉。






















* ― * ― * ― * ― * ― * ― * ― * ― * ― * ― *













目の前にいるのは信じがたいが恐らくあの子なのだろう、
幼き頃に渡した思い出の品を「彼」は持っていた。
「…………姫、お会いしたかった」
「無理すんなよ」
「……誰だあんた! 俺の姫は!?」
確かに彼は俺が淡き恋心を抱いた姫に違いないのだろう。
まあ、男だというのは千歩譲ろう。健康を祈って男児に女物を着せることは少なくはない。
だがなんだ、この体格は。
商人の俺よりも遥かに厚い筋肉、男らしい風貌、そして仕える野郎共。お前一体どこの兄貴?
どうやら俺の姫は賊になってしまったようだった。


――おにいちゃん、だれ?


ああ、あの頃の姫はいずこ。
「」
「ああああ、やさ…」
昔は…昔は…、お兄ちゃんお兄ちゃんと、とても可愛らしかったのに…。


――やさ、おおきくなったらおにいちゃんのおよめさんになるね


長くて綺麗だった髪はばっさりと切られているし、
細かった手足は筋肉によって太くなってしまった。
「…なあ、」
「なんだよぉ」
「俺、いま長曾我部元親ってんだ」
「へー、そうなんだぁ」
ああ、声も変わってしまって、もはや可愛さの欠片もない。
「だから…その…、」
「…?」
何故か姫(だった者)は顔を赤く染めている。
…………あれ? 大きくても、かわ…、?
「姫とか、やさとか……恥ずかしいから、やめて欲しい」
「え、あ、…悪い」
そうか、そうだな…姫(だった者)にとっては、幼名なんだものな…。
「…えーと、ちょう…ごめんなんだっけ?」
「元親」
「もとちか?」
「そう」
「…姓は?」
「いい。覚えなくても」
なんて適当なんだ。
どうやら姫(だった者)もとい元親は外見通りの性格らしい。
「好きに呼んでくれ」
「、……元親」
「うん」
「元親?」
「うん」
「もとちか…」
……長い。別にたかが四文字でさして長くもないが、…長い。
長い間「姫」か「やさ」でしか呼んだことがなかったからか、とても長い気がする。
それに、元親だなんて、可愛くない。
「……、ちか」
「あ?」
「チカちゃん」
「はっ!?」
「うん、チカちゃん…チカちゃんって呼ぶ」
よし可愛い。外見はむさいが名前が可愛い。最高!
俺ってば神的ネーミングセンス。
「な…そ、そんな女みたいな呼び方」
「だって好きに呼んでくれって言っただろう」
「そ、それにしたって限度が!」
「駄目なのか?」
可愛いじゃないか…。
それともチカちゃんにとっては可愛くないのだろうか。
筋肉隆々男の思考が理解できない。俺はムキムキにはなれないよ!
「う…」
「可愛いじゃないか、チカちゃん。駄目なのか」
「か、可愛さを求めるな!」
「可愛くなきゃ気持ち悪いじゃないか!」
「…え、きもちわる…」
「だって姫だぞ? 姫だったんだぞ!? 俺の中で姫は永遠に不滅だ!!!!!」
「え、あ…ええ?」
姫の外見で元親だなんて似合わない!
ああ姫、姫ぇぇええ!
「それとも姫の方がいい? 姫って呼び続ける?」
「な、」
意地悪い質問なのはわかってるけど、可愛くない名前は認めない。
姫なのにやさなのに、ごつごつの男になっちゃって、
ただでさえショックなんだから、べつにいいじゃないか!
「それともやさの方が、」
「っ……好きにしろ馬鹿!」
「イエス、チカちゃん!」
やったね! これでこれから姫はチカちゃんに変更だ!
うん、考えて見ればやさよりもチカちゃんの方が可愛い名前かもしれない。
過ぎた時は戻らないんだ、俺は今のチカちゃんを愛でる! 姫の面影を永遠に追ってやるぜ!

「これからよろしくな、チカちゃん!」