「……え……そうなんですか?」

「そうだよ、今日は――」



























「あ、あの……」
「おやイヴェール。Bon soir」
「あ、Bon soir……じゃなくて、ええと……」
「? ええと……すまないねイヴェール、少し双子の姫に用があるんだ」
「え? あ、そう……わかった」

僕は少し残念に思ったけれど、まあが双子に用があるというのだから仕方がない。
……途中で双子に乱入されても困るし、

「あ、あの、じゃあ、後で用事があるから……部屋に来てくれる?」
「……? ああ……わかった、後で行くよ」

去っていくの背中を見送り、
ふと、の持っている花束が目に映る。
――双子への、贈り物だろうか。
やはり、僕みたいな男より、可愛い女の子の双子の方がいいのだろうか?
そりゃは男で僕も男で、男同士はいけないらしいけど、
……けれど僕がを想っているのに変わりはないし、
――嗚呼、やめよう。
どこまでも考えそうだ。















――考えるのをやめようと思いながらも
花束のことが気になりうんうんと唸っていると、
ドアの方から小さくノックの音が聞こえた。

コン、

「イヴェール、」
「あ、……ど、どうぞ……」
「失礼。――で、イヴェール。用とは何かな?」
「あ、あの……えっと……その……ご、ごめんなさい……」
「……? なにか私に謝るようなことをしたのかい?」
「う、ううん……けど、僕知らなくて……」
「……ええと……話が見えないな。なにを知らなかったんだい?」

は不思議そうに尋ねる。
僕は、そんなの何気ない行動に少し怯えながら、言った。

「あ、の……僕、バレンタインっていうのを知らなくて……だから……えっと、」
「え?」
「あの……だっ……だ、から……えと……」

僕は紅くなっていく顔を少しでも隠れるように髪を結っていたリボンを解き、
(あとで何か言われそうだけど、)リボンを床に落とし、
ゆっくりと長いリボンを体に巻きつけた。

「か、変わりに……その、ぼ……僕、を……」
「……え……え?」
「だ……駄目、かな……やっぱ……」
「え、ええと……イヴェール……?」

は、涙目になっている僕にゆっくりと尋ねる。

「なんのことかな……?」
「だ、だから……その……バレンタインだっていうのを知らなくて、」
「ちょっと待ってイヴェール。バレンタイン?」
「え? え……ち、違うの?」
「いや、違いはしないけれど……意味を間違えていないかい?」
「え?」
「えーと、誰に言われたのかは知らないけど……フランスでのバレンタインは、日本のバレンタインとは違うよ……?」
「え……?」
「日本では好きな人やお世話になった人にチョコを上げる日だけど、
フランスでは恋人同士でプレゼントを交換し合ったり、食事をするんだよ。主に男性は女性に花束を贈るのさ」
「え……そ、そうなの……?」
「そう。だから、姫君に花束を贈りに来たのさ」

――花束。
あの菫と紫陽花の綺麗な花束は、その、

「……え……あ、そ……う、なんだ……」
「ああ、まあ……」
「……えと……じゃあ、僕の勘違い……」
「……そう、なるね」

嗚呼、どうしよう。
僕、絶対に顔真っ赤だ。
林檎よりも紅いだろう。
髪を解いて良かった。

「ところでそれは、一体誰から聞いたんだい?」
「あ……へ、陛下、から……」
「……なるほど。あの人なら言いそうだ」
「えと……僕が知らないっていったら、
“チョコの用意なんて君にはすぐ出来ないだろうから、とっておきの技を教えてあげるよ。
はあれでもむっつりだからね、体にリボン巻きつけて「僕をあげる」って言えばイチコロだよ”って……」
「……はぁ……」

は深く重い溜息を一つ、吐いた。

「――例え此処が日本だとしても。それは気にしなくていいんだよ、イヴェール」
「え……」
「日本にはね、ホワイトデーがある」
「ほ……ほわいとでー?」
「そう。バレンタインにチョコを貰った男性が、女性にお返しをする日だ」
「……お返し……」
「そう。ということでイヴェール、受け取ってもらえるかい?」
「――ぁ、」

僕の目の前に出されたのは、綺麗な綺麗な、
――蒼い、薔薇。

「う、わ……綺麗……」
「だろう? 中々入手困難なものでね……苦労に見合うだけの価値があるものだよ」
「これ……僕が、貰っていいの……?」
「勿論さ。君の為に持ってきたんだ」

僕は、嬉しさのあまり涙なんかも出始めて、
なんだか情けない気持ちになりながらも、やっぱり、嬉しかった。
に涙を見せたくなくて薔薇に顔を埋めれば良い香りがして、
――本当、幸せに押し潰されそう。

「……あり、がとう……」







「――君に、神の祝福が在らんことを」








青薔薇の花言葉は「神の祝福」