俺はダンテの甘い香りが好きだった。
たとえば隣に座っているとき、触れ合っているとき、すれ違ったとき、
ふんわりと淡く香るあの甘い香りが好きだったんだ。
最初は甘いものばかり食べているから、甘い香りがするんだと思っていた。
けれどしばらくしてから、いくらストロベリーサンデーばかりを
食べているダンテだろうとそれはありえないだろうと思い直した。
だから聞いたんだ、
「ひょっとしてあんた、香水つけてるのか?」って。
聞いたらすぐに肯定した。嫌いかと聞かれたが、直接言葉には出さなかった。
あの男なら察してしまうだろうと思ったからだ。どうせ気付かれるなら言葉に出さない方がマシだ。
正直あの時は顔から火が出るんじゃないかと思うほど恥ずかしかった。
恥ずかしすぎて、その日は結局部屋から出れなかったほどだ。


*-*-*


ダンテが起きてこない。折角朝食も作ったというに。
今日は自信作だったんだ、あいつの好きなオムレツがふわふわに焼けて、
…だけどもう冷めてしまった。起きてくるのを待って俺も食べずにいたというのに。
仕方がないから一人で食べた。自信作だったオムレツをかき混ぜて食べた。
二人で食べる予定だった甘いオムレツは、吐き気がするほど不味かった。


*-*-*


ダンテはまだ起きてこない。
不味いオムレツを片付けたあとは、ブルーローズの手入れを始めた。
気を落ち着かせたかったから、分解して全部磨く。
全て磨き終わってあとは組み立てるだけになった頃、ダンテが起きてきた。
とんとんと音をたてて階段を降りてくる音に耳を傾けて、手入れに夢中なふりをする。
「おはよう、坊や」と呑気な声が聞こえた。
今何時だと思ってるんだ、飯なんてとっくに冷めきったぞ、ちゃんと服着ろ馬鹿!
色々思ったけど、とりあえず服はちゃんと着て欲しかった。羽織るだけはやめろ。
…気にしたら駄目だ。心を無にして磨き終わっている部品を磨き続ける。
坊や、と声をかけられたが「うるさい」と即答した。
どうせどうしてピザじゃないんだ、ストロベリーサンデーはないのか、とかそういう話だろうから。
ダンテはそのまま黙って不味いオムレツを食べ始めた。文句を言われないだけましだ。

しばらくして、「ごちそうさま」と声をかけられた。
すこし動揺したが、きっとあんな不味いオムレツ食わせやがってという嫌味だろう。
元々はダンテがはやく起きなかったのが悪いんだからと無視を決め込んだ。


*-*-*


ゆっくりと組み立て終わったブルーローズを置いた。
折角だからこのままレッドクイーンも手入れしてしまおう。
最近丁寧な手入れができていなかった気がする。きっと愛用の武器たちも不満だっただろう。
手入れに夢中になっているところに、「なあ、ネロ」と突然名前を呼ばれた。
あまりに急過ぎてレッドクイーンを落とすところだった。危ない。
「なんだよ」と答えたが、声が裏返った気もする。
…。
……な、
なっ…なんだそれ! ばっ、ばっかじゃねーのこいつ! 恥ずかしくないのかっ?
こっちはあまりにも恥ずかしくて「ばかじゃねーの」と返事をするので精いっぱいだったぞ!
俺の返事に満足したらしいダンテは「最近キスをしていない」と言って左頬にキスをした。
こっちを向いてくれないか、とトントンと背中を指で突かれたのを感じて、仕方なく振り向いた。


*-*-*


後ろから覗きこんでいるダンテの方を向いて、ふと、いつもの香りが薄いことに気付く。
「…香水やめたのか?」、肯定された。理由を尋ねれば、俺が嫌だと言ったからだそうだ。
なんて汚い大人なんだ。そんなに俺をからかうのが好きか。無理に言わせたいのか?
…なら行動で表してやろうじゃねーか。
ぽけんと首を傾げているダンテに思い切って抱きつく。
そして抵抗を押しのけて普段香水のついているであろう場所を舐めた。
くすぐったいのか、余計に暴れ出す。仕方がないから悪魔の腕を使って押さえつけた。
「あまくない」と言えば意味がわからないとばかりに間抜けな声を出された。
…昨日までつけていた所為か多少香りは残っているが、それも薄い。やっぱり香水だったんだ。
じゃあ俺の好きなダンテの匂いはただの香水で、「ダンテ」ではなかったんだ。
……なんだか、途端にあれだけ好きだった匂いが嫌になった。
匂いが消えればいいと首筋に顔をこすりつける。
…こすりつけたのに、すぐに引きはがされた。
ちょっとくらい、甘えさせてくれたっていいじゃないか…。
「そんな顔をするな」と言われたが、無理だ。というかどんな顔だ。
そう言ったらキリエみたいな顔だと言われた。…あんな、切なそうな、顔してるってのか?
「なわけねーだろ」と否定すれば肩をすくめられた。
そして、「もうちょっと、待ってくれな」と言って、ダンテは部屋に戻って行ってしまった。
…待つって…なにを?


次の日からは、ダンテはまた香水をつけて、甘い香りを漂わせていた。
…ひょっとして、香水がなくなっただけだったんだろうか。
だから香水を買うまで待っててくれってことだったのか…?








基本的に二人はすれ違い。 ほとんど片思いの両思いに近い両思い。