「ひょっとしてあんた、香水つけてるのか?」
「あ? ……臭いか?」
「…別に」
別にってなんだ、別にって。
薄汚いおっさんの匂いなんてどうでもいいってか。
「なんだよ、気になるだろ」
ていうか仮にも恋人なら気にしろよ。
「なんでもないって言ってんだろ」

それきりネロはこの日は部屋から出てこなかった。
思春期真っ盛りだなお前は。


*-*-*


…しまった、寝坊だ。
まだぼやけている視界で時計を見ると、いつもより四時間も遅い時間だった。
思った以上に坊やに振り回される毎日に疲れてるのかも知れない。
「朝飯作ってくれてるかな…」
坊やは気紛れだから、作ってくれてないかもしれない。
だとしたら今日もピザだ。またツケが溜まる。
「…借金が増える…」
ツケも借金も返済しきれないまま溜まっていくばかりで、
減るどころかむしろどんどん増えている。いい加減返さないとなぁ。
……いや、借金のことを考えるのはやめよう。
泣きそうだ。
「…着替えよう、うん」
適当な服を床から拾い集めて着る。
坊やは洗濯を取り込むことはしても、畳むことはしてくれない。
俺も別段気にしないから、そのままだ。よって山積みだ。いい加減片付けないとなぁ。
そんなことを思いつつ着替えが終わり、手がいつものように香水に伸びたところで、はたと思う。

――たまには、つけないでおこうか…。

どうせ今日も客は来ないだろうし、来たところであとでつければいい。
それに残る量も少ないし、ネロも香水が気に入らないようだし…。
「うん、そうしよう」


*-*-*


とんとんと階段を降りると、ブルーローズの手入れをしている坊やが居た。
「おはよう、坊や」
「…あぁ、あんたか」
あんたかってなんだ、あんたかって。俺以外に誰かいるってのか。
「あんたの飯ならそこだ」
ありがたいことに朝食は用意されていたらしい。
机の上に簡素な食事が置かれている。
しかしラップもなにもかけられていないため、ひどく冷めきっていた。
これでは折角美味い料理もあまり美味しく感じないだろう。
「なあ坊や、」
「うるさい」
一刀両断。そうか、不機嫌なのか。
不機嫌なネロには関わらない方がいい。
仕方なく冷えた朝食を食べることにする。
…まあ、冷えててもそれなりに美味い、な。

「ごちそうさま」と声をかけてもネロは反応しなかった。
いい加減機嫌を治して欲しい、寂しいから。


*-*-*


カチャリと坊やが先程まで手入れを続けていたブルーローズを置いた。
やっと手入れが終わったのかと思えば、今度は愛用の剣を取り出していた。
ブルーローズの次はレッドクイーンか…。
恋人の俺にはあんなにぞんざいだというのに、この差はなんなのだろうか。
「なあ、ネロ」
「なんだよ」
なんでそんなに不機嫌なんだよ、と心の中で溜息をついた。
「愛人にかまけるのもいいが、本命には構ってくれないのか?」
これには結構自信があったんだが、ネロは黙り込んでしまった。
…あれ? 選択ミスった?
これはもしかしたら墓穴を掘ったかもしれない。
今ここで「嫌だ」と言われてしまえば、しばらく立ち直れないんじゃないか?
「…ばかじゃねーの」
あ、れ? なんか…赤い? ひょっとして正解だったんだろうか。
「ほら、最近キスもしてないだろ…?」
後ろから覗きこんで、ネロの左頬に軽くキスをする。
そしてやっとネロもその気になってくれたのか、ゆっくりとこちらを向いた。


*-*-*


「…香水やめたのか?」
「うん? あぁ…まあな」
つけていないことにはつけてないが、この雰囲気で言うことか、それは?
折角いい雰囲気になったというのに…。
それとも、今気になるほどあの香水は不快だったのだろうか?
「なんでやめたんだ」
「そりゃ、どっかの坊やがが嫌だって言うから」
本当は気紛れなんだけどな。
「…」
「坊や?」
「…だまれよ」
「っておい!?」
な、な、な、なんだこの状況! なんだ坊や甘えたい年頃か?
抱きついてくれるのは嬉しいんだが首に息がかかってるのがいただけないな。
……って!
「んっ、な、なにして」
なんだ坊や、発情か!? 大胆だな!
…って、いや、違う、そもそも俺たちは恋人は恋人だがキスまでの清い関係だったはずだ。
なのになんだこの状況。え? ていうか俺が受けなの?
驚いて思わず暴れれば、無理矢理右腕で押さえつけられた。仕方なく抵抗をやめれば力は抜けた。
というかさっきまでの何がお前を動かしたの?
若いってわからない!
「おい、ネロ…ッ!」
「…あまくない」
「はっ?」
あ…あまくない? 一体なにが?
というかあまいって何だ! 俺の首筋舐めてなんでそんな感想が出た!
「やっぱりあれが…」
「おい、坊や?」
もう駄目だ、言っていることがよくわからない。
俺ももう歳なんだろうか? 若い坊やの思考が読めないだなんて…。
おかしい、俺も通った道のはずなのに!
「ダンテ」
「な…なんだ?」
急に名前を呼ぶ…だと…? これはもう掘られフラグ決定じゃ…。
いくら気紛れな坊やでも突然名前は呼ばないだろう、だから…つまり…。
ぐるぐると考え込んでいると、ネロが首筋に顔を埋めた。
あああやっぱり! まだ俺覚悟決まってないのに!
急いで引きはがせば、傷ついたような顔をされた。
「…そ、そんな顔をするなよ、坊や」
「……そんな顔って、どんな顔だよ」
そ の 顔 だ !
やめろ! 俺を潤んだ瞳で見るな!
「そうだな、キリエちゃんみたいだ」
「…なわけねーだろ」
いいやそっくりだね、これは絶対だ。小動物みたいな顔しやがって。
「……なあ、坊や?」
「…なんだよ」
「もうちょっと、待ってくれな」
覚悟決めるまで待っててくれ、坊や。
もしかしたら兄貴の息子かも知れないお前に告白されたときだって、かなり悩んだんだから。
だから…。

…坊やから返事がないのを確認して、部屋に戻ることにした。



香水をつけなくした途端にあんなことをされるくらいなら、
坊やの苦手な香りをつけておいた方が良いかもしれない。
…明日から、また香水をつけよう。

そして覚悟が決まったら、また香水をつけずに、ネロにくっつくんだ。










甘い香りのする香水をつけているダンテとか嫌ですけどね(笑 若い子の思考についていけないダンテさん。